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短編集9(過去作品)

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 と言ってもそれほどたくさんの男を知っているわけではない。しかし後から考えると、身体を貫かれた時に感じる思いはいつも同じであった。本当に望んでいたことが実現したという思いは優一が最初で、さぞかし今までと違う快感を得ることができるだろうと考えていたが、そうでないと分かっても、それをすぐに認める気にはならなかった。
 確かに優一は他の男とは違う。私にとって最高の人だ。
 という思いは玲子の中で変わらない。
 その考えに間違いのないことを確かめようと、必死で優一の瞳の奥を探ろうとする玲子だった。
 快感の中で見た優一の瞳の中はやはり先ほどと同じであった。
 最初こそ自分だと思っていた女性が、やはり自分ではない女性なのである。優一の心の中を写し出しているのかどうか分からないが、その顔を永遠に忘れることはできないだろうことを感じながら、快感が糸を引くように玲子の身体を貫いていった。
 気だるさが残る中で、優一の気持ちを確かめてみたいと思った先ほどの気持ちは、なぜかどこかへ失せてしまっていた。
 優一の瞳に奥に写った女性、玲子にあまりにも酷似している。どうしても他人のような気がしない。
「あら?」
 玲子は一瞬お腹の中で何かが動いたような気がした。
 その瞬間、とても優一をいとおしく感じ、永遠に自分のものであると感じたのだ。
 もちろん妄想である。願望といってもよい。
 だが、それは本当のこととなったのだ。実に皮肉な事実を残して……。

「玲子、最近の君は綺麗になった」
「えっ、そうかしら?」
 これが他の人のセリフであれば別に気にもならず、聞き流すかも知れないが、洋二の口から出てくるとはとても意外だった。
 キャラに合わない。
 一言で言えば、そういうことだ。
「どうしたの? あなたらしくない」
「今日は君が欲しい」
 他の女性に対してどんな態度をとっているか分からない玲子だったが、あまりにも見つめる目が真剣だったので、思わず洋二の瞳の奥を見つめていた。
 えっ?
 洋二の瞳の奥に写る女性、それはあの時に私が感じた優一の瞳の奥に見た女性の姿だった。自分に似ているその女性が、玲子に向かって微笑みかけている。玲子はそれを見た途端、洋二の誘いを断ることができなくなっていた。
 それは玲子が優一と一夜を共にしてから数日しか経っていない時であった。洋二と会うのは、あれから初めてだったのである。
 その日の洋二は明らかに違っていた。いつもの冷静沈着なイメージというより、少し情を感じてしまうような、言葉は悪いが「普通の男」になっていた。
 しかし、玲子はそんな一面を見せる洋二に悪い印象などなかった。むしろその日に限って言えば、そんな男性と一緒にいることを望んでいた気がする。それも最初から感じたことではなく、ずっと後になって考えて分かったことだった。
 初めての洋二による愛撫、あまり男性経験が豊富とはいえない玲子だったが、愛し方にも人それぞれの個性があり、皆似たり寄ったりといえど、多少の差があるものだと思っていた。
 まるで宙に浮きそうだわ……
 と、感じながらも、ふと目を開けそこに洋二がいることへの違和感を感じていた。
 まるで優一の腕の中にいるみたいだわ。
 これが玲子の感想である。どう考えてもツボを捉えたこの愛撫は優一のものである。優一とはあの時から抱き合っていなかった。絵の完成まではお互いに求め合わないのが暗黙の了解のようになっていて、正直玲子は会うたび、火照った身体を抑えるのに必死であった。
 洋二の愛撫を優一そっくりに感じてしまうのは、そんな想いがあるからかしら?
 玲子は自分に言い聞かせた。なるべく、考え事をせずに素直に感じたいという気持ちの表れに違いない。
 洋二はソフトにゆっくりと続けていた愛撫を次第に早めると、敏感な部分に差し掛かった。玲子のすでに昂ぶった身体からは、自分でも分かるほどの火照りが湯気となって沸き立っていた。
 そこからの洋二は執拗に玲子を攻め立てる。それは優一の仕草と何から何まで一緒であることを示していた。二匹のケモノと化した二人だったが、玲子の頭には優一と知り合った河原でのシーンから抱かれるまでの思い出が走馬灯のようによぎった。だが、走馬灯はそのまま快感が身体を貫くまでは続かなかった。
 玲子は一瞬、鉄分を含んだ嫌な匂いを感じた。快感に酔いしれながら瞑っていた目が反射的に開き、目の前で自分を見つめている洋二の瞳の奥をさらに見つめた。なぜそんな行動に移ったのか、玲子には分からなかった。だが、そこには優一の姿が一瞬よぎったかと思うと、先ほど瞳の奥に現れた女性が姿を現している。
 一体誰なのかしら?
 その想いが頭にちらついた。だが時すでに遅く、玲子の身体は快感によって支配され、あとは昇りつめるだけになっていた。
 あっという間に過ぎていった快感の波に身体を預け、そのまま洋二の胸にもたれかかった。気だるい空気があたりを包み、部屋全体に淫靡な湿気が充満しているようだった。
 隣で洋二は軽い寝息を立てている。玲子もそれを見ながら襲ってくる睡魔によって、そのまま眠りについていた。
 玲子は夢を見ていた。
 こちらに手招きをする優一の姿が映ってる。一生懸命に近づこうとして歩を進めるのだが、どうしても近づくことができない。
 そのうちに優一の表情が変わった。何かに怯えている様子で、手招きしていたはずだったのに手の平をこちらに向け、近づこうとする玲子を必死に制している。
 優一は後ろを気にしていた。玲子が近づこうとすると後ずさりする。一進一退のような微妙な距離を保ったまま、糸を引くような悲鳴が聞こえたかと思うと、後ろを気にしていた優一の姿が急に見えなくなった。
 一瞬何事が起こったか分からず、しばし呆然としていた玲子だったが、今度は自分が宙に浮くのを感じた。急に足元がなくなったのである。
「うわっ」
 声になったかどうか分からない。暗いトンネルのようなものを感じたかと思えば、気がつけば隣で洋二が寝息を立てていたのだ。
「嫌な夢だわ」
 夢だと思っても胸騒ぎは収まらない。
「そういえば……」
 最後の落ちていく瞬間、玲子は誰かの手を握っていた。最初それは優一の手かと思っていたが、ゆっくり思い返せば、どうも女性の手だったような気がして仕方がない。
 まるで鏡を見ていたような……。
 見覚えがないが、何となく気になる。まだ高校時代の自分の顔だったような気がするのだ。
 またしても襲ってきた睡魔のために玲子は眠りに落ちた。今度は夢を見ることもなく、安らかだった。
 気がつけば、目の前に洋二の顔があり、
「僕も今目が覚めたんだよ。そうすると目の前に君の顔があった。その顔はまるで高校生のようにとても初々しかった」
 そう言って玲子を抱きしめる。
「君を放したくない」
 まるでプロポーズだった。しかしその時の玲子は素直な気持ちだった。優一のことが頭から離れてしまったわけではないが、素直に洋二の気持ちが嬉しかった。
「まるで、君とはずっと前からすべてを知り尽くした仲だったような気がする」
「ええ、私も」
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次