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短編集9(過去作品)

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 そんな時期が玲子にとって一番の幸せな時期だったのかも知れない。
 最近、夢を見る時、必ず大学の夢を見る。淡い期待を抱いている時というばかりではないが、根本はそこにあるのだ。
 もちろん、哲夫と出会った時のセンセーショナルな場面をその時と同じ想いで見ているが、夢の途中から急に立ち込めてきた濃霧のため、最後の結末まで見ることができない。夢から醒めてホッとするのは、結末を知っているからであろう。
 結末、そう、それは玲子にとって信じられないことであった。
 待ち合わせではない時に、いつもの待ち合わせの場所をただ偶然通っただけだった。
 そこでいつも見る哲夫の表情を目撃したのだが、そこにいるのは玲子とは違う女性。
 Tシャツにジーンズといった軽めの服装がよく似合う、いかにも「軽めの女性」だった。
「あれが哲夫の好み?」
 なぜか最初にそう感じた。こういう場合最初に怒りがこみ上げてくるはずだと思っていた玲子はとても不思議な気分になり、気がつけば笑っていたのだ。
 次の日、散々悩んだ挙句、哲夫を問い詰めることにした。
「どういうこと?」
 なるべく落ち着いた口調で訊ねた。その方が効果があると考えたからだ。
 最初は黙って頭を伏せていた哲夫だったが、もう一度玲子が同じことを聞くと、
「見ての通りだ。俺は女に束縛されないタイプの男でね」
 玲子には開き直りにしか見えなかった。もう、ここまでくればすべては終わりである。
 出会いが最高だっただけに、それまでの自分を一気に変えられると思っていただけに、それからの玲子は、
 これが結局本来の私なんだ……
 と思ってしまった。
 それはごく自然に思ったことであったし、玲子でなくとも、たぶん他の人でも同じような思いをしただろうと感じていた。
 確かに、あれが本当の玲子だったのかも知れない。だが、それすら考えられなくしてしまった哲夫をその時の玲子はどうしても許すことができなかった。
 結局、彼の考えていることはパターンで分かるようになってきたが、それはあくまでも表面的なことだった。
 表に現れていることだけを判断し、それが彼のすべてだと思い込んでいたのだ。しかしそれも無理のないことなのかも知れない。人の考えが分かるなど今までの玲子からでは信じられないことであって、有頂天になっていた自分を制止することなど不可能に近かった。元々、人の心はそんな単純なものではないと思っていた玲子だっただけに、一旦分かった気になってしまうと、
「なあんだ、こんなに簡単なことだったんだ。別にうちに篭ることなどないじゃない」
 と思えてきた。
 まわりの人間の玲子を見る目だけは、確実に違っていた。それまでの暗くて閉鎖的だった玲子に、見えなかったまわりの人の気持ちすら読めるようになっていたと思っただけで、みんなが寄ってくる。
 哲夫の裏切りは玲子の浅はかさはもとより、まわりの人たちの暖かさに気付かせてくれるきっかけにもなったのだ。
「きっとすぐに立ち直る」
 それが玲子の考えだった。
 自分がないのに、人のことが分かるはずがない。
 その時感じた玲子の結論である。
 それが趣味であっても仕事であっても、何かの信念があれば、そこから相手を図り知ることもできるかも知れない。何もない自分に相手を図る術など、どこにあろうか。
 傷心ではあったが、意外とアッサリした気持ちも玲子にはあった。
 何事も中心は自分である。相手に惑わされることのない自分を持つこと、これが玲子のこれからの課題であった。
 おぼろげながら自分というものを意識していたはずの玲子だったので、その作業に苦痛はない。それどころか、さらに決して自分を甘やかしているのではないと思う自分がいとおしく感じてさえいた。
――まわりの人たちと、私は違うのだ――
 それが玲子の考えだ。今までであればすごく危険であるとして、あえてその考えを封印してきた玲子だったが、その他大勢で終わりたくないと常々心の底で思っていた玲子にとって、「目からうろこが落ちた」のだ。
 何かに形のあるものに打ち込めば、自分がはっきりしてくるのだが、なかなか思いつくものがない。いろいろと挑戦してみようと考えていた矢先に出会ったのが、田辺優一という青年だった。
 大学を卒業し、社会人としても慣れかけていた頃だったので、ある程度精神的にも落ち着き始めていた。
 その頃、玲子は洋二と知り合っていた。
 洋二の性格で何となく分かりにくいところもあったが、包み隠すことのない性格に惹かれていたことも事実だ。いわゆる「潔い性格」として玲子の目には写り、女性友達も自分以外に結構いるだろうことは、大方予想がついていた。
 洋二のことが好きなのかな?
 と感じながら、少し距離をとって付き合っていた。いや、傍から見て付き合っているようには見えないだろう。それも玲子は分かっていた。
 洋二も決して玲子を執拗に口説いたりはしなかった。自分の性格を前面に押し出す癖に自分の核心に当たる部分は決して悟らせないようにしている。
 嘘を隠すには本当のことで固めた中に隠すのが一番分かりにくいというが、洋二もそうなのかも知れない。なるべく自分の核心に触れられたくないので、無意識にオープンにしているのだと玲子は感じた。それだけに神秘性が滲み出ていて、特に好奇心の強い女性にはたまらない男性なのだろう。
 優一は洋二とはまったく正反対の男性だった。
 初めて出会ったのは、玲子が近くの川を散歩している時だった。
 水岳川と呼ばれるその川は、一応一級河川となっているが、アーチ型や台形の鉄橋が掛かるような大きなものではない。小規模な市街の中心部を流れる市民の憩いの場と言ったところだろうか。土手に降りれば芝生も植わっていて、朝夕など犬の散歩コースとして賑わっているところだ。毎日上の道を通っていたが、利用目的はただの通勤路としてだけだった。たまに覗くことはあっても、まるで自分とは違う世界のようで、ほとんど気にもしていなかった。
 川の水も緩やかで、何が釣れるのか、子供たちが自転車を置いて釣り糸を垂れている。夕方になれば学校が終わった子供たちで賑わうスポットがあるのだが、ほとんどは散歩コースの土手だった。
 会社の帰りにふと河原を歩きたくなった玲子は、釣り糸を垂れる子供たちを横目にゆっくりと歩いていた。
 途中の対岸にカトリック教会のようなものが見える。宗教にまったく興味のない玲子にとって教会などほとんど気にしたこともなかったが、ちょうど西日が教会の窓に反射し、玲子を直射したのだ。
 眩しくて右手の手の平で庇を作り、目を瞬かせながら、なるべくそちらを見ないように前方だけに集中していた。すると目の前に男の人が一人、キャンバスの前に立っている。その人の左手にパレット、口に絵筆を挟み、右手を教会に差し出すようにして親指を立てていた。どうやら、自分の感覚で高さを測っているような仕草である。
 こんなところで絵を描いているなんて……。
 絵描きなる人を直接見ることなどあまりない玲子に、その光景は新鮮だった。後ろに回りこんで、思わず覗き込んでみたくなる心境も分かるというものだ。
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次