短編集9(過去作品)
元々恋愛というのは、自分たちの時間をどれだけ大切にできるかということから始まると考えている。相手にも自分にもそれぞれ邪魔されたくない時間があり、その時間があって、そして二人の時間があるという考え方である。
「恋人同士だから、四六時中一緒にいるのが当然だ」
などという考えが多い女性に対してだと、
「何て冷めた考えなのかしら」
と思われることだろう。
だが、相手を感性で見ている玲子にとって、自分と付き合ったことでせっかくの感性を失わせることは本意ではない。そうなった時点で玲子にとってその男は普通の男性になり下がり、そう追い込んだ自分に少なからずの嫌悪を感じるかも知れない。
自分の性格から嫌悪まで行くかどうか、はなはだ疑問であるが、恋愛対象から外れることは確実であった。
果たしてこんな関係が恋愛といえるのだろうか?
割り切っている玲子といえど、さすがに何度か考え込んだことがある。
もちろん、今までに男性と付き合ったことは何度もある玲子だったが、洋二と付き合うようになって、過去の男たちの薄っぺらさを思い知らされた。
甘い言葉を連ねてのうわべの付き合いなど、自分の中で時間とともに風化していくのを感じている。
そう、そこには「感性」が見当たらないのだ。
そんな玲子を愛している一人の男の存在など、洋二の知るところではなかった。
感性の付き合いに目覚めた玲子は、他の男と付き合う時も、まず感性を探るようにしている。
元々、男性の価値に関しては、容姿、風貌ではないと常々考えていた玲子だったが、それが感性という言葉ではっきりと分かるようになったのは洋二と出会ってからのことである。趣味趣向が同じ人であっても、たとえ同じような考え方をする人であっても、必ずしも長く付き合えるとは限らない。
学生時代のまだうぶだった頃の玲子は、同じ考えであれば必ずうまく行くと考えていた方である。
実際、合コンなど誘われてついていった時にでも、無意識に同じ考えの人がいないか探したりしたものだ。特に玲子自身、他の女性陣とは考え方が違うと自負していただけあって、同じ考え方の人を男女問わず探していたのだ。考え方が違うといっても、変わり者と思っておらず、むしろ他の人にない個性として大切にしたいものだと思っていただけあって、探し当てた人は素晴らしい人だと信じて疑わなかった。
あれは大学の三年の頃であったろうか。学生時代からカジュアルな服装がよく似会い、白壁の喫茶店などによく通っていた。
玲子が一人喫茶店に座っていた時のことである。
大学の近くの喫茶店であったが、あたりはさすが大学の街、同じような喫茶店が軒を連ねていた。意外と、人気のある喫茶店、人気のない喫茶店とに、くっきり色分けされていて、玲子の行く喫茶店は明らかに人気のない喫茶店だった。
いつ行っても団体客はいない。大学通りの喫茶店といえば、仲間で連なって入ることが多いのだが、そこの喫茶店は常連のしかも単独の客が多いのだ。これでは、客が少なくても当たり前というものである。
マスターの個性なのかな?
ブスッとした表情ではないが、決して取っ付きやすいタイプの人ではない。
どうやらバイクが趣味らしく、常連の人とバイク談議に花を咲かせているのを聞いたことがあるが、普段は実におとなしい。趣味を店の中に飾るようなことがないのが、せめてもの救いだろう。もし、そんなことをすれば、それこそバイク乗りだけの店と化してしまうからだ。
「すみません。ご一緒にいいですか?」
いつものように一人で窓の外を見ながらコーヒーを飲んでいた時であった。座るのであれば他はどこでも空いているのに、その人はわざわざ玲子のところにやってきたのだ。
よく見れば、見たことのある顔だった。
この店で見たのではない。大学のキャンパス内で見たのだ。ジーンズのよく似合う細身の爽やかな男性である。基本的に太めの男性が嫌いな玲子にとって容姿は合格点である。
最初は、
――何と失礼なやつなんだろう?
と思った玲子だったが、話をしてみるとバイク好きが集まるこの店で、バイク以外の趣味を持っている人を探していたのだという。
男はいう。
何となく店の雰囲気が好きで、一人ゆっくりコーヒーを飲むのも好きなので、それほど苦痛にも感じなかったが、それでも一緒に会話しながらコーヒーを飲める人がいれば、それに越したことはないと考えていた。
それは玲子にしても同じだった。普段は孤独が好きなどと思っていたが、そうやって誰かに話しかけられると、自然に顔が綻んでくる。
痩せ我慢?
確かにそうかも知れない。それが別に恋人でなくとも、ただの話し相手でもよかったのだ。
話をしてみると彼は旅行が好きだという。なかなか機会がなくて出かけられないが、かくいう玲子も旅行が好きだった。本屋で買ってきた観光案内の本を見ては自分が現地にいるような思いを巡らせているというそんな少女だったのだ。
男の名は、哲夫といった。
哲夫の話は実に楽しかった。息もつかせぬマシンガンのような語り口調は、時間の経過をしばし忘れさせる。行ったことのない場所であっても目を瞑れば光景が浮かんできて、そこに自分が写っているのさえ分かるような見事さがある。すっかり玲子は哲夫のとりこになってしまった。
「初対面なのに、まるで前から知っていたような気がするよ」
「ええ、私もなの」
これが出会った最初の日の別れ際に言った言葉だった。もうそこから先、言葉はいらなかった。玲子は哲夫のその一言をずっと待っていたのかも知れない。もし相手が哲夫でなくとも、心のどこかでそういうことが言える男性を待っていたのだ。
「彼の言葉が手に取るように分かる」
それが彼を好きになった最初の理由だった。
今まで男性と付き合ってみたいと思いながら、まったく違う人種ということが頭にあり、どうしても避けていた玲子だった。しかし、相手の言葉が予期できるなどの、まるでテレビドラマのような展開は、玲子を有頂天にさせたのだ。
私も若かったのかな?
その時のことを玲子はそう省みる。
まるで前から知っていたような……、
この言葉を聞いた時、自分と同じ思いをしている人が目の前にいると感じた。今まであまり人と話すことのなかった玲子にとって、男性から話しかけられるなど晴天の霹靂であった。
自分から人を避けていたのかも知れないと感じたのも、その時が初めてだった。それまでは、普通だと自分から人に話しかけることもなく、話しかけられたとしても返す返事も二言三言、そんな女性に話しかけてくる男性などなかなかいないだろうと思われた。
だが、世の中というのは広いもの、同じような考え方を持っている人は必ずどこかにいるはずだという思いが心のどこかにいつもあった。いつかそんな人が自分の前に現れればいいなどと思いながら、たいした期待をすることなく、その時までを過ごしていたのだ。
半ば諦めの境地?
大学というところは、高校時代まで女子高だった玲子にとって、とても華やかに感じた。最初は自分もそんな世界に入り込めるという夢を持っていた。朝、目が覚める時も、電車に乗る時も、講義室に入る時も、いつも期待に胸を膨らませていた。
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次