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短編集8(過去作品)

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 そんな会話が自然と出てくる。優美子にとっての私は、私にとっての優美子そのままだと思ってしまっても仕方のないことだった。
 何もかもが新しい新鮮な感じを受けた。
 今までと同じ場所を通っても、優美子と通れば次の日からはまったく違う場所に思えるから不思議である。
 それまでの私は毎日同じところを通り、同じことを感じていたが、その中で少しでも昨日と違う自分を発見できれば、それが成長だった。確かにそれは私にとっての成長だったに違いないのだが、優美子と出会ったことでさらなる成長が私の中に芽生えたのだ。毎日が新鮮というのは、そういうことである。
 毎日の生活はまさしく、
「いけいけ」
だったのだ。

「えっ」
 今まであれだけ堅実な守備で私を盛り上げてくれた皆の顔をまともに見れなかった。
 飛んできた打球はまさにボテボテ、別に急ぐことはなかった。相手のバッターも完全にアウトと思いゆっくりと一塁に向かっている。
 しっかりその動きも視界に入っていた。打球は一塁側に転がったボテボテのゴロ、キャッチャーは迷わず私を指示する。
「オッケー」
 軽く声を掛けて、キャッチャーをちらりと見た。完全に安心しきっている。
 ランナーを見た。悔しさからふてくされたような走り方は、滑稽にさえ見える。
 はっきりとまわりが見えていた。セカンドがベースカバーに入るのさえ背中で感じることができるくらいの落ち着きだったのだ。
「まるで背中に目が付いているようだ。バッターがボールが止まって見えるとよく言うがそれに似た感覚なのかも?」
 独り言を呟いた。
 最後のバウンドを合わせ、ボールがミットに入る……、目がファーストの方を、と思った瞬間であった。
「えっ」
 身体は固まってしまい。グラブがボールの感覚を伝えてこない。
 思わずグラブを振り返る。目の前に落ちているボールを見ると、
――とりあえず、拾って投げる――
 それだけだった。うまくアウトになれば、それだけのことだったのだ。
――こういう時の行動ってどうして皆同じなんだろう――
 以前に感じたことがある。
 テレビでプロ野球を見ていてもそうだった。必ずエラーをした選手はグラブを確認する。裏にし表にしジロジロ見たり、捻ってみて軟らかくしようと試みる。
 もちろん照れ隠しもあるのだろうが、皆一様にグラブのせいにして、なんとか自分を正当化させようとするのがみえみえなどと、自己中心的な考えをしてしまう。
 だが自分はどうだろう? テレビを見ていて
「自分は絶対そんなことはない」
 などと思ってみても、実際にその立場になればやはり同じリアクションを示していた。その時は実感がないのだが、少し落ち着いてくると次第に湧いてきて、軽い自己嫌悪のようなものに襲われた。
 野球に限らず他のスポーツでも言えることなのだが、プレーヤーにはなぜか共通のしぐさがある。
 例えば、バッターボックスに立ってバットを腕の前で回してみたり、ホームベースを軽く叩いてみたり、もちろん、子供の頃に好きな選手に少しでも近づきたいとその選手のまねをすることが上達の早道と思っていた時についた癖なのかも知れない。が、私にはそれが不思議であったことに間違いない。
「どんまい、どんまい。こっから締まっていくぞ」
 サードのキャプテンから檄が飛ぶ。
「おいっす」
 皆口々に答えたが、見事なハーモニーが出来上がっていてチームワークのよさを表わしていた。
 私も二回、三回とグラブを勢いよく叩き、今一度気合いを入れなおした。
 キャッチャーまでの距離がさっきよりさらに遠く感じる。しかもさっきまで大きく見えていたミットが、小さく感じた。
 額から流れる汗は気持ち悪く、肩だけではなく身体も何となく重たく感じてきた。
――いかん、少し気合が入らなくなってきている――
 今までまったく気にならなかったバッターの視線、しかもマスクをかぶって見えないキャッチャーからの視線を強く感じるのである。別に圧倒されているという思いがあるわけではない。しかし、さっきまでの順調だった自分と、明らかに精神状態は違っている。
「ボ〜ル」
 このカウントでストライクが欲しいという時、さっきまでなら必ず決まっていた。しかし、明らかにボールと分かる球を投げていればバッターも振らないし、ストライクを欲しがって投げているためボールに勢いもない。
 キャッチャーからの返球が心なしか強めである。きわどいコースならまだしも、明らかなボールであればそれも致し方ないことだ。
「肩に力が入ってるぞ」
 と言わんばかりに両肩を上げ下げしている。
 それに合わせて私も肩を揺らすが、今までであればそんな仕草は終盤の八回くらいであった。まだ中盤に差し掛かる前の四回では、
「もうへばったのか?」
 と言いたいのかも知れない。
 疲れはそれほど感じない。どちらかというと一汗掻いてこれから調子が上がってくるというイニングにどうしたことだろう。
 肩に違和感もなく、腕を回してみるが、まだまだスピードが乗ってきそうな気さえしてくるくらいである。
 プレーが掛かり四球目、思っていたボールが気持ちよくミットを叩いた。肩の滑りも最高の球だった。
――今のイメージを持って投げれば、このイニングは行けるぞ――
 目の前のバッターをシナリオ通りの球で三振に打ち取ると、私の調子は普段に戻っていた。
「一時はどうなるかと思ったぞ」
 キャッチャーがニコニコとした表情で肩を叩いた。
「ああ、何とか切り抜けたな」
 本当を言うと、自信がなかった。ズルズル行ってもおかしくなかった状況である。実際足が震えていたのは事実だし、顔がカッと熱くもなっていたのだ。
「あの一球は久々に気持ちよかったぞ」
「あれをもう一度投げろと言われても、もう投げられないかも」
 それは本音である。始動からフォロースルーまでまったく無駄な動きのないフォーム、もう一度投げろと言われても無理な相談である。
「でもイメージはしっかり頭に残ってるよ」
 そのイニングを無事に終えることができた私は、意気揚々とベンチへ引き上げようとしていた。
 マウンドを降りる時いつものようにベンチを見るが、何となく遠くに感じてしまう。
 皆の表情が優しく微笑んでくれていると分かっているにもかかわらず、なぜか自分が悪いことをした後のバツの悪さのようなものを感じてしまうのはなんでだろう? 皆から掛けられる声が耳鳴りのように響いていた。
「博一、ナイスピッチング」
 厭味など含まれていようはずのないその声に厭味を感じる。声を掛けてくれたのは、サードの水谷くんである。
 私は水谷くんの顔をまともに見ることができない。
 実は水谷くんには妹がいるのだが、本当なら彼も今日はスタンドが気になって仕方がないはずである。
「おにいさん」
 いつもであればスタンドに妹の姿が見えていて、控えめにただ見つめているだけだった。
妹は名前を恭子といい、兄に似ずおしとやかな性格だった。兄はどちらかというとせっかちで、思い立ったら行動に移さないと気がすまないといったアクティブな性格だった。
 あれは一年前くらいであっただろうか。私は恭子に告白されたことがあった。
作品名:短編集8(過去作品) 作家名:森本晃次