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短編集8(過去作品)

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 立ち入ったことのない夜の街。怪しげなネオンサインが煌びやかなホテル街に優美子は何を思っているのだろう。相変わらずビッタリと私にしがみついて来ていたが、震えはほとんどなくなっていた。
 私がその中の一つのゲートを入った時も部屋を選んでいる時も顔を上げようとしないため、すべての決定権は私にあった。もっとも今の優美子であれば聞いてまともな返事が帰って来るか半信半疑である。
 ゲートを通り部屋に入るまで、人と出会うことはもちろんなかった。ゲートを通ってからはもう二人の世界である。
 部屋の扉が開かれると、初めて優美子の口から声が漏れたのだ。
 消え入りそうな意図を引く声に、かなり喉が渇いていたことを思わせる。
 もちろん私の声も裏返るかも知れないと思ったほどカラカラに渇いていた。しかし二人きりの世界に入ってしまうとそんなことはお構いなしに、お互いの唇を求めた。
 お互いの名前を呼び合うのが早いか、唇が塞がれた。しっかり抱いた両腕であったが、それぞれの五本の指を遊ばせることなく、彼女の身体を貪った。
 目を瞑って、指で彼女の身体の感触を味わい、切なく漏れるその声で彼女の気持ちを感じていた。声が大きくなったり、糸を引くような切なさだったりと、さまざまな感じ方で無意識に、彼女の身体を確かめていた。
 二人の間にしばらくそんな時間が続いた。
 シャワーを浴びることなく、汗が鼻をつく。しかしお互いそれすら快感となるべく香りと感じているのか、やめようとしない。
 そのままベッドまで連れて行った私に、なし崩しにされたまま優美子はベッドへと倒れこむ。
 ふくよかな身体には弾力性があり、触れると押し返してくる胸をまさぐるたびに、優美子の身体は小刻みに揺れた。
「あっ」
 抑えようとしても声が漏れてくる。それを楽しむかのように私の指は優美子の胸を貪っている。
 手のひらで大きく揺らすたびに声が漏れる。それを感じながら、
――どこかで味わったような快感――
 を感じていた。
 間違いなく優美子とは、今回知り合う以前に会ったことはない。
 今まで、女性経験がなかったわけではない。今までに強烈なイメージの残っている女性がいるにはいるのだが、その今までの女性のどれでもないタイプなのは間違いない。それなのになぜどこかで味わったなどと感じるのだろう? しかもつい最近のことのように思い出すのである。
 私の指を堪能した優美子は次第に大胆になってくる。
 いままでの申し訳程度の声が大きくなるのだが、最初の小さな声にすっかり興奮を覚えていた私の身体は正直だった。
 今度は優美子からの「攻撃」が始まるのだが、高ぶっている身体を見抜かれているにもかかわらず、恥ずかしさはなかった。
――彼女は私の身体を知っている――
 少しの無駄もなく私の身体に攻撃を加える彼女の指の動きを見ていると、どうしてもそう思ってしまう。やはり初めて会ったのではないような気がしてきた。
 真っ暗で静寂な中に、少しずつ大きくなる息遣いが響いている。切なそうなその声はまるで他人事のように聞こえ、その重々しさは湿気を帯びている。身体から沸き起こる汗が蒸発していく様が頭に浮かんでくるようだ。
 またしてもツンとした匂いが鼻をつく。先ほど入れたクーラーが次第に効いてきて、暑さから解放されていくのを感じる。
 今までの蒸せるような快感は薄れ、次第に爽やかな汗を感じたが、シーツの擦れる音とともに一枚一枚着ているものを剥いでいく快感は、さらに二人に息遣いをもたらした。
「博一、恥ずかしい」
 恥ずかしそうに顔を両手のひらで覆ったが、そんなことで攻撃をやめる私ではなく、もちろん優美子にも逆らう気などサラサラないであろう。
 生まれたままの姿に戻った二人に時間の逆行は許されなかった。お互いを必死で貪り求めていく、それがこの場でのたった一つの行動であった。
 本能が理性に勝った時、優美子は大胆になる。
 切なそうな声が次第になくなり、
「もうだめ」
 を連発する。
 私もすでに高まりは最高潮に達していて、確認する間もなく重ねた身体からは、悦びが溢れていた。自然な重なりに今日が初めてなど信じられず、
――この快感も以前に――
 という思いが頭を掠める。
 次第に動きが激しさを増す中で、優美子も同じことを考えているという思いにはなぜか確信めいたものがあった。
 しかし考えていたのはそれだけである。
 限界が近づくとともに激しくなる動きにも違和感はないが、頭で描いた以上の快感はとても口で言い表せるものではない。
 一気に襲ってきた快感がやがて倦怠感へと変わる。まるで、一瞬のことだった。
 しばらく放心状態が続く中、彼女の肌の感触は心地よかった。最初こそ汗が滲んで気持ち悪さもあったが、乾いてくるときめ細かな肌が私に安らぎのような快感を与えてくれる。
 左手は優美子の腰に回していたが、右手は無意識に髪の毛を触っていた。
 さらっとした髪の毛は、先ほどの激しい動きに関係なく一糸も乱れていなかった。肩くらいまであるストレートな髪型に、最初見た時、学生時代好きだった女性を思い出していた。
 その娘は大学四年間ずっと同じ髪型で通していた。まわりの仲間が頻繁に髪型を変えるのに変えない彼女のトレードマークだと私は思っていたのである。
 ひょっとして最初に優美子に感じた「好き」という感覚は、その髪型に由来しているのかも知れない。
 それから当分、私は優美子に夢中だった。
 優美子に夢中だったというよりも、身体に夢中だったのかも知れない。反応する彼女の仕草一つ一つが私にとっての究極の悦楽であり、他に何も考えられない瞬間でもあった。
 いつも野球を見に来てくれる優美子は、実に控えめな女性であった。
 確かに皆には黙っている方がいいと思っていた私だったが、それ以上に彼女が皆と話したがらなかった。私の友達関係に気を遣ってくれているに違いない。
 また優美子という女性は気が利く方であった。
 喉が渇いた時など、よく分かっていて、いつも飲み物を用意していてくれる。どちらかというと気が利かないタイプの私にはうってつけなのだ。
 私の食事の好みはもちろん、性格から行動パターンまでを把握するのに、三ヶ月くらいのものだったであろうか? これはあとから彼女から聞いたことだが、女性の好みまで大体分かっているらしい。
 私のすることにほとんど口出しはしない。じっと見て観察をしていたようなのだが、それを感じさせないのも彼女の性格か、まさに「痒いところに手が届く」タイプの女性である。
「バレバレだね」
 そう言って苦笑いする私に対し、してやったりの彼女の表情。まさしく理想のカップルに思えた。
 優美子は人見知りの激しい女性である。
 しかしそれが私に限ってそんなことはない。くだらないギャグにシラケルことなく返してくれるし、彼女との会話にはそれなりに歯切れのよさもある。
 もちろん喧嘩などしたことはなかった。
「どうしてだろうね?」
 私が聞くと、
「あなたが私を怒らせるようなことをしないからよ」
 という答えが返ってくる。
「どうすれば怒らせることができるの?」
「さあ?」
作品名:短編集8(過去作品) 作家名:森本晃次