セカンダリー・プレイス
と思っていたが、そういえば、藤原には父親と同じくらいの年齢であるにも関わらず、包容力を感じることはなかった。
しかし、藤原に対して好意を持っていないわけではない。むしろ慕っているのだ。それなのに、どこか冷たいところを感じるのは、彼が冷静沈着で、理屈っぽいところがあるからだろうか。その分というべきか、年下にも関わらず、光彦に対しては、藤原のような年上に感じるべきところを、すべて光彦に感じた。
――光彦さんをただの年下の男の子として見ない方がいいのかしら?
と感じたが、そう思うと今度は、どこか物足りなさを感じるのだった。
やはり、最初に感じたことを信じて、年下として見ているに越したことはないように思えたが、藤原に対しての感情は、それだけではいけないようにも思えた。
まったく関係のないと思っている藤原と光彦、少なくとも共通点があるとすれば、なつみ自身を通して見ることが唯一の共通点である。したがって、共通点を主観的に見ることはできない。それがなつみにとって、今後の判断を誤らせることになるかも知れないと思うと、不安なことが山積しているように思えた。
年齢も外見も考え方もまったく違っている二人の共通点を、気が付けば探そうとしているなつみだったが、気が付いた時最初に感じるのは、
――何を無駄なことをしているんだろう?
見つかるわけはないという思いよりも、比較すること自体、二人に対して失礼だという思いがあるからだ。
――もし、自分が一人の男性から、他の女性と天秤に架けられているのを知ったら、どんな思いをすることになるのだろう?
と考えてしまう。
なつみは、最初、
――藤原さんには、何もかも見抜かれているようだ――
と思っていたが、次第にその思いが薄れていった。
その代わり、光彦が目の前に現れてから、今度は光彦に対して、何でも見透かされているような気がしてきたのだ。
藤原に対しては、最初は強い思いだったにもかかわらず、次第に尻すぼみになっていったのに対して、光彦の場合は、最初はそれほどでもなかった思いが、次第に膨れ上がってきて、しかも、そのことに気付いてからも、勢いが衰えることはなかった。
――一体、この人は私をどの角度から見ているのだろう?
見つめられている感覚はあるのに、その方向を見ると、そこには彼はいない。
――恐ろしいスピードで移動しているのかしら?
とも思ったが、どっしりとしたその様子からは、動きは感じられない。彼には、素早さというよりも、
――動かざること山のごとし――
と言った方が正解であった。
――いつから、そんな思いを抱くようになったのだろう?
年下というだけで、どうしても上から目線になることを気にしていたなつみだったのに、どうしたことだろう。それは同い年であっても同じことだった。同い年なら、男性より女性の方がしっかりしている。なつみは、付き合う相手として、
――年上ならいくつでも構わない。年下であれば、三つか四つ下まで、しかし、同年代は考えられない――
と思っていた。
年上もいくつでも構わないという思いは最初から抱いていたわけではない。ひょっとすると、不倫をした時に感じたことだったのかも知れない。
不倫に対して罪悪感を持っているが、背徳感がなかったのは、この思いからだったのかも知れない。分かっていても、背徳感と罪悪感の二つの立ち位置を分かっていなければ、自分を納得させることはできなかったであろう。
――藤原さんと、光彦さん。似ても似つかないように思っていたけど、本当にそうなのかしら?
なつみは小さな綻びを感じていたが、その綻びがまるで細胞分裂のように、どんどん広がっていき、いつの間にか、全体を捉えることができないほど大きくなってくるのを想像していた。
今ではなつみを通してしか見ることができないのだが、それもなつみ自身にしか見えないことだ。
藤原を知っている人は、光彦を知らず、光彦を知っている人は、藤原を知らないはずだろう。
――でも、本人どうしは?
と考えてみると、それに対しての答えは、当事者二人にしか分からないことだはないだろうか。
なつみは、鳥居をくぐった時に見た、境内で手を合わせてお参りをしている女性の姿。それが自分であると直感した。しかし、お参りしている姿を見ていると、それがいつの自分のことなのか、なかなか思い出せなかった。確かに過去にお参りした時、
――誰かに見られているような気がする――
という思いを持った記憶があった。
ただ、それも一度キリではなく、何度かあった。しかも、ほぼ同じ時期にである。時期が同じだったこともあって、
――やっぱり気のせいなんだわ――
と思った。
それは、自分の精神状態が後ろを意識してしまうような、そんな不安定な時期だったのだということで片づけようとしていたからだ。
確かに、不倫を重ねていた時期のなつみは、精神的に不安定だった。その影響が実は今もまだ燻っているように思っていた。
――時々、前兆もないのに、急に不安に襲われることがある――
と感じていた。
――私は、このまま結婚できないんじゃないか?
結婚適齢期という言葉が死後になっているのではないかと思うほど、結婚年齢が上がってきている今であっても、結婚に対しての執着は人並み以上にあるのではないかと感じているなつみだった。
一度でも不倫に染まってしまうと、同年代の男の子が頼りなく感じられる。
――幼く見える――
と言ってもいいくらいで、自分の中で燻っている背徳感だけではなく、まわりの男性の頼りなさを思えば、結婚できないことを正当化しようと思うほどのなつみだった。
結婚に何の必要があるというのだろう。
一生の伴侶というが、家庭という狭い範囲に閉じ込められ、旦那と子供に縛られる。表に出ようとすると、独身時代からは想像もできないほどの労力を必要とする。それだけのものを犠牲にして得られるものは一体何だというのだろう?
一度入りこんでしまっては、そう簡単に抜けられない。戸籍が汚れるということは今の時代ではさほど気になることではないが、子供ができてしまえばそうも行かなくなってくる。生まれてくる子供には何ら責任はないのだ。
そう思うと、結婚というものに対して、持っていた憧れはすでになく、色褪せたイメージしか残っていない。
なつみは、神社でお参りをしていた自分が、不倫の精算を考え、神様にすがろうとしていた時のことを思い出していた。
確かにあの時のなつみは、これ以上ないというほど、弱気になっていた。それまでずっと張ってきた気が、一気に萎えてきたからである。不倫というものはそれだけ気を張っていないと務まらないものだった。
――えっ?
そこまで考えてくると、自分が今考えている結婚と対して変わらないではないか。不倫をしている時も、今思えば、不必要だったのではないかと思うほどに気を張っていたではないか。
作品名:セカンダリー・プレイス 作家名:森本晃次