小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

セカンダリー・プレイス

INDEX|32ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 光彦には、そんな優位性は見当たらない。あくまでも純粋になつみに告白していた。あまりにもベタな告白が彼の不器用さを物語っていて、
――あんなにベタで不器用な男性に悪い人はいない――
 という思いを、なつみも持っていた。
 それでも、
――私が過去に不倫していたことがバレてしまう――
 と思った。
 もし、これが少しでも打算的なところがある男性ならここまでは思わなかっただろうが、不器用で純粋な男性だからこそ、なつみは悩んでいた。
 実に皮肉なことである。
――本当は、もっと私のことを知ってほしいと思うはずなのに――
 実際にそう思っているからこそ、どこでボロが出るか分からない。そんなビクビクした関係を、本当にお付き合いと言えるのだろうか。
 本心とは違う思いを頭の中に抱きながら、なつみはジレンマに陥っていた。それまでにもジレンマには幾度も陥っていたが、好きな人を目の前にしてのジレンマは初めてだった。本来なら悩むほどのことでもないのかも知れないが、それだけ不倫の痛手はなつみを臆病にしたのだった。
 なつみは、光彦の話を思い出していた。
 彼もそれなりに苦労したに違いない。両親を知らずに、他人から育てられている。しかし、その他人というのは、光彦にとっては、本当の両親よりも深い愛情を感じている相手だということだった。
――本当の両親から捨てられたり、殺されたりする時代なのに――
 毎日のようにニュースでは、子供を殺した親が逮捕されたなどの話題や、あるいは、高温の車の中に、自分の子供を置き去りにしてしまったなどという、過失で済まされない重大な罪を犯している話を聞く。それを思うと、ある意味、光彦は幸せなのかも知れない。
 いや、下を見ればキリがない。不幸な人はとことん不幸と言えるのではないだろうか。そう思うと、なつみはやりきれない思いに陥ってしまう。もう少しで鬱状態に入りこんでしまいそうな予感を何とか乗り越えて、
――冷静にならなければ――
 という思いが、乗り越える際に必要な感情だった。
 なつみは、不倫相手の村山のことを思い出していた。今さら思い出すことと言っても、楽しかったことはほとんどない。最後に修羅場にならなかっただけマシだったのかも知れないという思いを抱いたことを思い出していた。それも自分に対しての言い訳に過ぎないことだ。
――あの人も苦しんだのかしら?
 村山は奥さんのところに戻ればいいが、自分は一人孤独に耐えなければならない。
 そう思った時、不倫の理不尽さを思い知った気がしていた。
 だが、それはなつみが自分のことしか考えていない証拠でもあった。確かに村山も奥さんのところに戻ればいいと言っても、そこには修羅場が待ち構えていることだろう。そのことは分かっていたはずなのに、どうしても自分のことを最優先に考えることで村山のことを考える余裕などなかった。そのことに気付かなかっただけでも、なつみは、
――自分だけが不幸のどん底にいるのだ――
 と考えていたことだろう。
――不幸なんて言葉、軽々しく口にするものではないのかも知れない――
 そんな風に思い始めたのもその頃からだった。
 不倫の代償として、必要以上のことを考えないようになったのは、感覚がマヒしたからだと思っていたが、その代わり、いろいろな縛りが自分に襲い掛かっていることをなつみは感じていた。軽々しく口にするものではないという思いも、その中の一つであり、重要な発想でもあったのだ。
 なつみとの交際を真剣に考えている光彦も、過去に言葉では言い表せないような苦労を重ねてきたに違いない。生い立ちを聞いていただけでは、これまでの人生をいくら要約して、会っている間の何回か聞かされたとしても、たったそれだけの時間で言い表せるものではない。
 しかも、気持ちを表現するには、あまりにも波乱万丈の人生だったように思えるからである。
 波乱万丈などという言葉、自分のまわりの人にふさわしい人はいないと思っていた。ななぜなら、不倫をしていた自分ですら、波乱万丈な人生だとは思っていないからだ。それは感覚をマヒさせることで自分の気持ちに整理を付けたと思っているなつみには、今さら波乱万丈という言葉を使えば、せっかくマヒさせた感覚が元に戻ってしまい、今までの時間と労力が、完全に無駄になってしまうからだった。
 かといって、
――波乱万丈という言葉を使える人は、自分が考えているよりも、もっとたくさんいるかも知れない――
 と思っていた。
 そういえば、光彦の生い立ちで興味深い話をしていたのを思い出した。
「僕の義理の両親は、子供ができない自分たちを呪うようなことをせずに、絶えず神様にお参りしていたんだ。お役度を踏んだりもしていたんだけど、なかなかご利益に預かることはできなかった。それでも懲りずに続けていると、神様のご加護はあるもので、この僕を養子にできる機会に恵まれたんだ。律儀な両親は、お礼参りをしようと思ってその神社を再度訪れたが、そこで神主から、『この神社ではお礼参りをしてはいけないという言い伝えがあるんじゃ』と言われたそうで、お礼参りをするならということで教えてもらった神社にお礼参りをしたらしいんだけど、その神社にしか参ることをしなかった。そのせいでなのかは分からないが、少なくとも両親がそう思っている。それは、すぐその後に、医者から、子供が産めない身体だという宣告を受けたのだというんだ。お礼参りがとんだことになってしまった」
 一度、息を切り直して、彼は続ける。
「でも、そのおかげで、僕は両親の本当の子供以上に愛情を受けて育った。確かに血の繋がりほど濃いものはないのかも知れないけど、そのせいで、少なくとも血なまぐさい感情が湧いてこないだけよかったのかも知れない」
 彼はそういうと、
「世の中、ポジティブに考えればいくらでもいい方に向かっていくし、逆にネガティブになれば、どん底で這いつくばっていくことになるというものなんだ」
 と、悟ったように、まるで自分に言い聞かせるかのような言い方をしていた。
 そんな光彦を見ていると、彼のここまでの人生を知らなくても、感じることができるような気がした。
――今までまったく知らなかった相手のはずなのに、ずっと前から知っていて、しかも、彼のことが気になってずっと見てきた――
 という思いに駆られるのだった。
「初めて会ったような気がしないわ」
 と、思わず口から出てきたのを光彦は聞き逃さなかったのか、にやりとしたのを思い出した。
 なつみとしても、自分の意識の元に出てきた言葉ではないので、ハッキリとした気持ちの根拠は分かっていない。それなのに、彼は分かったように微笑んでいるのを見ると、少し面白くない気持ちになったのも事実だった。
――こちらの気持ちはお見通しというわけね―― 
 少し癪に障ったが、それでも、嫌な気はしなかった。それだけしっかり見つめてくれているということであり、嬉しくもあった。
 なつみは、光彦といて安心感のようなものを感じた。包容力のようなものを感じたが、年下に感じるものではないことを不思議に感じていた。
――これが、藤原さんに感じたのであれば、分からなくもないが――