セカンダリー・プレイス
同じような感情ではないかと思ってみることを予想できたことが、あの頃の自分を思い出させ、神社でお参りしている自分を浮き上がらせたのかも知れない。なつみは、不倫をしていた時期から今までの時間を、かなり長い時間だったように思っていたが、その距離を一気に埋めるかのように、目の前にその頃の自分を浮かび上がらせたのだとすれば、そこには何らかの意味があったように思えてならなかった。
だが、よく見てみると、何度も頭を下げているようだった。
――私は、あんなに頭を下げたかしら?
その時初めて、それが自分であると分かってから、自分ではしないような行動を取っていることに違和感を感じた。今思い返して、不倫の精算をお願いに来た時にお参りをした自分も、あんなに頭を下げていたわけではなかった。
――おや?
あれだけ頭を下げていた自分が、こちらを振り向いて、こちらに気付かない様子で、境内の裏に帰っていく姿を見ると、その表情に、わずかではあったが、微笑んでいる姿を見ることができた。自分がお参りに来た時は、お参りをしただけで、何かの結論が出たわけではない。したがってまだまだ緊張の面持ちだったはずなのに、一瞬でも見せたあの余裕とも思える笑みは何だったのだろう?
――自分なのに、自分ではない――
そんなイメージを見ることができた。
そういえばなつみは光彦から、お礼参りに行くことを勧められた。
「お礼参りというのは必要なものなんだよ。最初にお参りしたことを、確定させるためには絶対に必要なことで、本当はお参りをしたことのほとんどは叶うんだけど、その継続が難しいために、お参りなんて迷信にしかすぎないんだって、叶わなかったと思っている人が言っているだけなんだ。その意見が主流になっているから、神頼みという言葉は、叶わないことでも最後は神様に祈るしかないというような思いを抱いてしまうんだよ」
確かに彼の言う通りだった。
だが、藤原にそんな話をすると、
「そんなことをすると、二社になってしまう。三社参りというのは、それぞれに単独のお参りでなければいけないんだ」
と言っていた。その上で、
「二番目が必要だと言ったのは、そういうことなんだよ。二番目にお礼参りなどを入れてしまうと、叶う願いも叶わなくなってしまう。もちろん、それは最初の神社が、『願いが叶う神社』である場合のことだけどね」
なつみは、最初に神頼みをしたおかげなのか、不倫を苦しみながらでも何とか終わらせることができた。もし、光彦のいうことが本当であれば、お礼参りをしていれば、苦しまなくても済んだのかも知れない。
なつみは、光彦と出会って結婚に対しての思いが変わってきたのを感じた。
それまでは、
「結婚なんて、百害あって一利なし」
とまで思っていたほどだったが、自分が寂しさという肝心なことを忘れているのに気が付かなかっただけだ。藤原と出会って、寂しさを思い出すことができた。それをなつみは恋愛感情だと思っていたが、どうやら間違いだった。親に対する感情に近かったのだ。
今では藤原の感情を、父親の感情だと思うことができる。
神頼みが藤原と円満に別れられたおかげではなかったか。
光彦とは円満なお付き合いが続いている。
「お礼参りには行ったかい?」
光彦に言われて、
「ええ、行ったわよ」
となつみは答えた。
実際には行っていなかった。だが、なつみはウソをついているわけではない。
それは、鳥居を通り超えて目の前に見えたお参りをしている自分。それは、光彦との結婚を願い、それが成就したことでお礼参りをしている自分の姿だったからだ……。
( 完 )
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作品名:セカンダリー・プレイス 作家名:森本晃次