セカンダリー・プレイス
きっと光彦は途中で家を出ていたかも知れない。本当の両親も知らずに、育ての親が喧嘩ばかり、そんな人生はなつみには想像できない。そんな登場人物を描くドラマがあったとしても、生い立ちをドラマの中で映すことはないだろう。
なつみは、光彦を見ていて、
――これ以上、光彦の家庭のことを想像するのはやめておこう――
と思うのだった。
その気持ちが伝わったのか、光彦は話題を変えた。だが、実際には結局話題というのは元の位置に戻ってくるのであった……・
「なつみさんは、願いが叶う神社というのをご存じですか?」
なつみはハッとした。それまで光彦に同情的な感情を持っていたが、それどころではなくなった。一気に警戒心から防御癖を張り、自分としては、心の中に侵入されないように、「心の中の結界」を作ったつもりでいた。
「いえ、聞いたことはなかったですが……」
なつみとしては、精一杯知らんぷりをしたつもりだったが、相手に通じているだろうか?
今までのなつみは、結構考えていることを顔に出したり、態度に出したりしていた。それを、
――正直者だから仕方がない――
という風に悪いことだというよりも、いいことのように思い、自分を正当化していたのだ。
中学の頃まではそれでよかったのだが、高校生になってくると、そうも行かなくなった。
「正直者がバカを見る」
という言葉があるように、正直に何でも答えていると、思わぬしっぺ返しを食らったり、悪くもないのに、悪者にされてしまったりしていた。
――何て理不尽なのかしら?
と感じ、それでも自分の正当性を信じていたが、そんななつみをターゲットにして、悪賢く立ち回る人を身近に感じた。
それまで親友だとばかり思っていた人間が、いつの間にか、なつみを利用するようになった。その人を信じて、自分の中の正当性を信じることが一番だと思っていた気持ちが、次第に崩れていくのを感じた。
それでも、長いものには巻かれるもので、いつの間にか、自分がバカを見ないように立ち回れるようになっていた。
「なつみもバカじゃなかったのね」
とでもまわりは言いたげなのだろうと思っていたが、意外にもそんななつみにまわりは一目置くようになり、ターゲットは別に移っていた。そういう意味では長いものに巻かれたのはタイミング的にバッチリだったのだろう。おかげで、自分で意識することもなくまわりに馴染めるようになったのはありがたかった。ただ、それでも正直者という意識はなつみの中から消えたわけではなかった。
光彦がいう、
「願いが叶う神社」
というのは、なつみが意識している神社に違いない。しかも、最近その話をよく耳にする。まるで都市伝説のような話を、短期間に二人から聞くというのは、本当にただの偶然だとして片づけていいものなのだろうか?
なつみは、知らんぷりをしながら、まるで初めて聞いたかのように、いかにも興味を持ったという素振りを見せていた。
「そんな神社があれば、本当にいいですわね」
興味を持っているかのように見せても、自分も意識していることであるだけに、どうしても言い方が他人事のようになってしまうことを、なつみはあまりいい気分を持っていなかった。
「でも、その神社、僕が効いたところでは、そんなに手放しで喜べるような場所ではないということなんですよ」
なつみはその話を聞いて、思わず頭を傾げてしまった。その様子を見て、光彦はどう感じただろう?
光彦は続ける。
「この話を聞いたのは、義父からだったんだけど、僕を養子にしたのは、お義母さんが子供のできない身体だったからだということは、祖母から教えられていたんだとね。でも、祖母も知らなかったことだけど、お義父さんとお義母さんの二人が密かに神社でお百度を踏み、子供が授かるようにお参りをしていたというんだ。それが、願いの叶う神社ということだったんだけど、どうしても医学的に無理な出産は、さすがに神頼みで何とかなるものではなかった。でも、最終的に出産を諦めたお義父さんとお義母さんの気持ちが通じたのか、この僕を養子にできたという話だったんだ」
「そうだったんですね」
「はい、その神社のすごいところは絶対に不可能な願い事であっても、違った形で叶うことができるところではないかと思うんですよね」
確かにその通りだ。
なつみは、その神社を捜し求めていたが、いまだに見つけることができない。
そういえば、藤原さんも、
「三社参りをした時、三つすべて含めたところで願いが叶う神社というのではないか」
という話をしていたのを思い出した。
二番目が重要だと言いながらも、最初の一つで止めておくかどうかも重要だ。それは二番目があるかないかに関わっているということでもあった。
「そういえば、前に知り合った人が、願いが叶う神社の秘密は何件の神社を回るかということで、さらに重要なのは二番目の神社だという話をされていました。三社参りの発想なのですが、二番目が重要と言いながらも、三社すべてを含めて、『願いが叶う神社だ』ということを訴えていましたね」
この話を聞いて、光彦はどう感じるだろう?
最初は黙って聞いていたが、無意識に腕組みをしながら、
「う〜ん」
と唸り、少し考えていたようだ。
それが、自分の記憶を呼び起こしている行動なのだと、最初から気が付いていたような気がする。
「僕もその話、以前にどこかで聞いた気がするんですよ」
「お義父さんやお義母さんや、お祖母さんから聞いたお話ではなくですか?」
「ええ、それがいつだったのか分からないんですが、つい最近までまったく覚えていなかったことを、今、なつみさんの話を聞いて、一気に思い出されたような気がして仕方がないんです」
「ええ、いつだったのかハッキリしない割には、その話の信憑性を疑わなかったことを思えば、きっと子供の頃だったのかも知れません。子供の頃の僕は、何でも信じるところがありましたからね」
なつみの性格である、
――正直者――
というところに、類似した性格なのかも知れないと、なつみは感じた。
子供の頃はなつみも確かに、何でも信じていたような気がする。その思いが嵩じて、
――正直者というのは、正義なんだわ――
と感じるようになったのだろう。
「なつみさんのお話は、今聞けば、最初に聞いた時とイメージが違っています。たとえ、前に聞いた時のように信憑性を疑わないとしても、それは違った切り口からではないかと思うんです」
「それはどういうことですか?」
「子供の頃に聞いたのだとすれば、たぶん、まったく疑うことを知らなかった時期だと思うんですが、今は少なくとも、そう簡単にはモノを信じようとしない性格になっていると思うので、少なからずの疑いを持って聞くと思うんですよ。でも、遠回りはするが、結局は信憑性を考えた時、疑う余地のないものになって戻ってくる。そういう意味では子供の頃に感じた信憑性よりも今の方が、ずっと理論的な考えの元の信憑性だということが言えるかも知れませんね」
「私も、最初はこの話を聞いた時、信憑性を考えましたが、どうしても理解できないところがあったので、残念ながら私には信憑性がありません」
作品名:セカンダリー・プレイス 作家名:森本晃次