セカンダリー・プレイス
と感じていたが、背の高さがちょうど賽銭箱を目の前に覗き込むほどだったので、かなり大きく感じられたのだろう。
お賽銭を箱に投げ入れ、鈴を鳴らした。柏手を打ってお参りの体勢に入ると、今度は、背中に熱いモノを感じた。
――誰かに見つめられている――
まるで後ろに目があるかのように、背中に当たる熱い視線を想像すると、その誰かが分かってくるような気がした。
それは自分だった。
そう感じると、さっきここでお参りをしていた女性は、今の自分なのかも知れないと思った。
――しかし――
今、背中に熱い視線を浴びせている自分は、先ほどの自分ではない。ここまで相手を凝視したわけではないという思いがあるからだ。
さらに頭に違った発想が浮かんできた。
――後ろから痛いほどの視線を浴びせている自分は、ここが二番目の神社だと思っているのではないか?
何を根拠にそう思ったのか、すぐには分からなかったが、すでに最初の神社にお参りを済ませていて、藤原の言っていた
「二番目の神社」
特別な思いで見ているに違いない。
――後ろから見ている私は、境内で今にもお参りの体勢に入っている自分が見えていないのかも知れない――
と感じた。
もう一人の自分が凝視しているのは、あくまでも境内であり、そこに誰かいてもいなくても関係のないように思える。
――今、ここで今にもお参りをしようとしている自分と、後ろから凝視している自分、どちらが本当の自分なのだろうか?
と、なつみは考えていたが、
――どちらも本当の自分ではないのかも知れない――
と感じた。
――ということは、今考えている自分は、境内の自分とも、後ろから覗いている自分とも違う傍観者ではないだろうか?
そう思うと、目の前の二人を足して二で割ると、ちょうど今の自分ではないかと思えてならない。つまりは、
――一番目の自分に願いが叶ったとすれば、二番目の自分は、元の自分に戻そうとする「自分への反動」だと言える――
漠然としてではあるが、藤原が言っていた。
「二番目の神社が重要な意味を持っている」
と言っていたことが、なつみの中で現実味を帯びてきた。
まだ漠然とはしているが、藤原が言いたいことは、
「奇数であるがゆえ」
ということではないかと考えられる。
そしてなつみが今頭に描いているのは、
――二番目の神社が自分にとって必要なものなのかどうかが重要なのかも知れない――
という思いだったのだ……。
第四章 お礼参り
「人を好きになるということに、理由なんてない」
ということを言う人がいるが、なつみはそんな言葉は信じられなかった。
いや、考え方は人それぞれ、理由もなく人を好きになる人もいるだろう。しかし、それも理由に気付かないだけで、本当は理由はあるのだ。そう思わなければ、今まで本当に人を好きになったことがないと思っているなつみには、理解できないことだった。
人を好きになるには、言葉で言い表せない理由があるのだと思えば、
「理由なんてない」
という言葉も分からなくもないが、それも厳密に言えば違っている。そう考えていけば、理由がないというのは、言い訳にしかすぎない気がした。
好きになった人が、好きになってはいけない人であり、そのことで悩むことになってから、理由のないことを理由にすることを思いつく。そんな人生はつまらないのではないだろうか。
好きになった人が好きになってはいけない人だということを考えた時、真っ先に浮かんだのは、相手が肉親である場合だ。
――兄が妹を、姉が弟を……――
そう思って考えると、そんな小説を今までにも読んだことがあり、読んだ時にどんなことを考えたのかということを思い出そうとするのだが、今となっては思い出すことができない。
――あれから自分も随分と大人になったから――
と思っていたが、果たして大人になったと言えるのだろうか?
「禁断の愛」を、学生時代には胸を躍らせて読んでいたことだけは思い出す。では今はどうなのだろう?
「禁断の愛」と言えば、今の自分には、不倫という言葉が頭に浮かんでくる。無理もないことだ。自分がしていたことなのだから……。
だが、今はその時のショックから立ち直り、忘れることのできない不倫への思いだったが、何かの拍子に思い出すこともある。
――また同じ過ちを繰り返すかも知れないわ――
それは、自分の意志というよりも、襲ってくる寂しさから、自分は逃れられないと思うからだ。だが、最近になってから、自分があまり寂しさを感じなくなったことで、不倫を繰り返すことはないという自信があった。
――それでも、寂しさは自分の意志に反して、いきなり現れるものなのかも知れない――
と感じている。
――その時になってみないと分からない――
自分の意志で何とかなることであれば、こんなことは思わないが、意志を超越した凌駕が存在する場合は、そう思わなければ、悩み苦しんで、ずっと耐えていかなければいけなくなってしまう。
なつみは不倫を経験し、
――私は堕ちるところまで堕ちたんだ――
と思った時期もあった。
そのせいもあってか、それから会社を辞めて、組織の中に入ることを嫌った。もちろん、自分で招いた種であることに違いないし、人のせいにするわけにはいかないが、それにしても、まわりから受ける冷たい視線は、
――どうしてあそこまで冷徹な目ができるんだろう?
と、それまで親友だと思っていた人にまで、同じ視線を浴びせられた時は、さすがに心が折れてしまった。
考えてみれば、自分の立場が逆であればどうだろう? 相手に裏切られたと思うのではないだろうか?
――何に裏切られたというのであろう?
それは、自分が勝手に抱いた親友のイメージから相手がかけ離れていったことが、裏切りに感じるのだ。
しかし、自分は何もかも失い、こんな時こそ、親友の暖かい視線を貰いたいと思っていても、
――裏切られた――
と思っている相手に、そんなことが通用するはずもない。
――私が甘えているのか、それとも、相手が自分の気持ちを分かってくれないのか――
陥ってしまった奈落の底では、すでに自分のことしか考えられなくなっている。
そんななつみは、逃げるように会社を辞めた。当然、その時から前の同僚は、完全な「他人」になっていた。
なつみはそれでもいいと思っていた。孤独が寂しいわけでもないし、逆に一人で我に返って、自分を省みるのもいいことだと思っていた。
ママさんから、スナック勤めの話を聞くまで、誰とも話さない日が何日も続いていたが、別に意識しなかった。却って、余計なことを考えることもないので、それでいいと思っていたのだ。
なつみは藤原に惹かれていく一方、相手があまりにも年上であることに抵抗があった。
それは、前の会社での不倫を思い起させるからだ。
不倫相手は、藤原とはまったく違っていた。今から思えば、相手は遊びだったのかも知れない。
「上司と部下の不倫」
絵に描いたような不倫は、きっかけも結末も、
――他の人と、自分とでは比べものにならないほど、違っているんだ――
と思っていたが、実際には、同じものだった。
作品名:セカンダリー・プレイス 作家名:森本晃次