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セカンダリー・プレイス

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 藤原がそこまで考えているということは、なつみにも分かった気がしたが、それ以上のことは、まるで厚いベールに包まれているかのように見えてこない。だが、そのベールは限りなく透明に近く、見ようと思えば見えてくるはずなのに、見えそうになった寸前で、
――ダメだわ――
 と、自ら目を逸らしてしまっていた。
 人の心の中を覗くということは、相手を理解する上で大切なことだと思うのだが、どこまで覗いていいのかということを考えると、深入りできなくなってしまう。
 誰にでも、人に入りこまれたくないと思っている部分はあるもので、人によっては、そんな領域に、
――土足で踏み込まれた――
 と思い、相手を嫌ってしまうこともあるだろう。
 そんな時、必ず後悔を伴う。
 相手が侵入できるということは、自分の中で侵入できるだけの気の緩みを相手に見せてしまったことになる。悪いのは自分だということになる。
 それが後悔に繋がるのだが、後悔しないようにしようと思っても、できないこともあるということに、なかなか気付かない。気付いた時は、すでに遅しというところであった。
 藤原は、自分のことを一瞬省みたが、すぐにまた冷静さを取り戻し、なつみの想像できない世界に入りこんでしまっていた。
「願いが叶う神社というのは、諸刃の剣なんですよ」
「どういうことですか?」
「昔からの言い伝えだったり、伝説だったりすることというのは、『やってはいけないこと』というのが付きものでしょう? たとえば、浦島太郎の玉手箱であったり、鶴の恩返しのように、見てはいけないと言われたものを見てしまったり、旧約聖書に出てくるソドムの村のように、振り返ってはいけないというのに、振り返ってしまったりですね。その結末はすべて悲惨ですよね。ソドムの村では、迫害されていた人を神様が助けたのに、ただ後ろを振り返っただけで、すべてが無になってしまう。あの話などは、助けてあげた相手であっても、神との約束を破ったり、命令に従わなかったりすれば、容赦ないということを言っているにすぎないんですよ」
「はい、よく分かります」
「でも、願いが叶う神社というのは、言い伝えがあるだけで、何かをしてはいけないという具体的な話はない。それだけに、誰もが願いが叶う神社に疑いは持ったとしても、そんな神社が存在してほしいという気持ちは持っているはずですよね」
「ええ」
 なつみは相槌は打っているが、藤原が何を言いたいのか、まだ分かっていなかった。
「これは願いが叶う神社にだけ言えることではないんですが、どうして、三社参りが必要なのかって考えたことありました?」
「いいえ」
「私もハッキリと理由があるかどうかは分からないんですが、私が思っているだけの意見なのかも知れません。でも、私はそこで二番目の神社が三社参りの中では重要ではないかと思うんですよね」
「……」
「一つだけを参った時は、その神社が願いの叶う神社ですよね。では、三社参りの時は、どれが本当の願いが叶う神社だと思われますか? 考えたことありましたか?」
 言われてみれば、考えたことはなかった。直感として最初の神社が願いが叶う神社であり、二番目にお参りする神社があった場合は、奇数にするために、三番目が必要になるだけで、二番目以降はあまり重要ではないと思っていた。
「最初だけが願いが叶う神社だと思っていませんか?」
「ええ、そう思っています。言い方は悪いですが、二番目、三番目というのは、おまけのようなものだとしか思っていませんでした」
「三社参りをする人は、考え方もさまざまだと思うんですが、私も確かに、若い頃はなつみさんと同じ考えでした。でも、ある時からその思いが変わることがあるんですよ」
「というのは?」
「それは、本人が気付くか気付かないかの違いなんですが、三社参りは実は二つ目以降が重要なんですよ。つまり、最初の一か所で止めておけばいいものを、二つ目三つ目とお参りするうちに次第に惰性になってくる」
「今のお話では、三社参りをした時の願いが叶う神社は、最初の神社ではないということをおっしゃっているように聞こえますが、その通りなんですか?」
「ええ、私はそう思っています。なつみさんはどうですか?」
「ハッキリは分かりませんが、二番目か、三番目ということになりますよね。ずっと、二番目が重要だと言っていたのが頭に引っかかっていたんですが、藤原さんのご意見としては、二番目の神社が、願いが叶う神社になるとお考えなんですか?」
 となつみが言うと、藤原は少しため息交じりに下を向くと、しばらく考えていたようだが、
「それは違いますね」
 と、おもむろに、そして静かに答えた。
「実は、私の考えとしては、一番目も二番目も、三番目も違うんですよ。その三つをすべて含めて、願いが叶う神社だと思うんです」
 なつみは、その言葉に何か違和感があった。それが何なのかすぐには分からないだろうと思ったが、すぐに気が付いた。
「じゃあ、最初の神社を参り終わるまで、そこが願いが叶う神社だとは分からないということですか? もっと言えば、一日が終わるまで確定はしないということですよね?」
「そういうことになりますね。だから二番目が重要にもなるんですよ」
 藤原がそう言いながら、思わず苦虫を噛み潰したような表情をしたのを、なつみは見逃さなかった。
――この人は、何か隠している――
 そう思うことで、藤原という男性の奥深さに触れたような気がしていた。
――嫌だ、私。藤原さんのことが気になっているということかしら?
 確かに厳格な父親を見てきて、最初は反発心だけだったにも関わらず、次第にいろいろな表情を見せる父親を見ていると、どこか憐みだったり、そこに人間らしさを感じたりもした。
 特に子供の頃に感じた絶対君主的な厳格さがあるからで、最初に与えられたイメージは、なかなか抜けることのできないものである。それはなつみにしても同じことであるが、なつみの場合は、さらに大きいものなのかも知れない。
 藤原を見ていると、父親に感じたイメージとはまったく違っていた。
 ミステリアスで、どこか弱弱しさも感じる。しかも、なつみとは考え方がまったく違っているように思うのに、感性では結びつけるような気がしていた。
 なつみは、その時、藤原が何を考えているのか知りたいと思った。もちろん、願いが叶う神社の話も重要だが、元々、その話に興味を持ったために、藤原が近くにいることに違和感を感じることはなかったのだ。
 だが、今は藤原が何を考えているのか分からないと思いながらも、
――これから徐々に知っていけばいい――
 と感じているのも事実だった。
 なつみは、自分が藤原に惹かれかけていることを悟った。以前から感じてはいたが、口に出すことはおろか、
――考えてはいけないことだ――
 と思った。
 以前にホテルの喫茶店で話をした時のことを思い出していた。
「私はずっと一人だからね」
 そう言って、寂しそうな表情をした。
「奥さんやお子さんは?」
 年齢的に見ても、自分と同じくらいの子供がいてもおかしくはない。
「女房は十年前に死にました。子供がいたわけではないので、私はその時、本当に一人ぼっちになったんです」
「……」