セカンダリー・プレイス
確固とした自信があったわけではなく、限りなく曖昧なものだった。それは、予兆にはまだまだ程遠い、予感の段階だったからなのかも知れない。
そういえば、今までなつみは予感までは感じたことはあったが、予兆と言えるまでの確固たるものを感じたことはなかった。藤原さんが、
「偶然出会ったわけではない」
という言葉を口にした時、ハッとしたのだった。
だが、藤原さんは、
「出会えるとは思わなかった」
と言っている。予兆まで感じたのであれば、
「出会うとは思っていなかった」
というのは、発想に逆行しているのではないだろうか。だが、それも、面と向かうと考えが違ったと言っているということは、予兆というのは、現実に達成した時点で思い出すことができるという予兆の間では意識されるものではないのかも知れない。そういう意味では、今までにも、
――最初は感じなかったが、何かが起こると思っていたことが現実になったことがあったような気がする――
と感じたことがあった。
それがいつのことだったのかは思い出せない。つい最近のことだったのか、それとも、子供の頃の遠い記憶がよみがえってきたことだったのか、ハッキリとしないのだ。
「でも、私も藤原さんに言われて、本当に偶然ではないような気がしてきました。それは言われて気付いたことなので、本当に意識していたことなのかどうかまでは、よく分からないんですよ」
本心を言っているつもりだが、心の奥に潜んでいる曖昧な気持ちをなるべく悟られないようにしようという意識の中で口にした言葉だった。
「今、なつみさんが言われていることは本心からだと思います。私もなつみさんくらいの年齢の頃、人から指摘されて、その少し前から予感めいたものが自分の中にあったように思ったことがありました。でも、確証はなく、どこか曖昧で、私はその時、相手に自分の考えを言うことができませんでした。そういう意味では相手にそこまでハッキリと言えるのは、なつみさんの性格もあるでしょうが、普段から、予感めいたものを感じるたびに、無意識に何かを考えているからなのかも知れないと思っています」
抑揚のない、淡々とした穏やかな口調だったが、語尾はしっかりとしていて、言葉の一言一言に説得力を感じた。
――私は、この人に、思っている以上の信頼感や委ねる気持ちを抱いているのかも知れないわ――
と感じていた。
――人を慕いたい――
と思ったり、委ねる気持ちがあったりすると、そこには相手に対しての甘えが生まれ、自分を見失いかねないという思いから、なるべく人に対して必要以上の依頼心を抱かないようにしないといけないと思っていた。
依頼心というものを抱いてしまうと、自分を見失ってしまい、ここぞという時の判断力が鈍ってしまうと思ったからだ。その思いに変わりはないが、すべてを委ねるのではなく、どこが自分に必要なのかということを見極める目を持たなければいけないと思うようになっていた。
「せっかく会ったんだから、これからどこかで呑みませんか?」
今までなら、そんなお誘いを受けると、
「あ、いえ、今日はこれから予定もありますので」
と言って断っていたと思う。
ただ、なつみは今までにも結構偶然出会った男性から、呑みに行こうと誘われることもあったが、同じような理由で断っていた。
しかし、それは言い訳ではなく、本当に予定があることが多かった。人との待ちあわせもあったが、自分だけの理由も、言い訳にはならないと思っていたので、それを思うと、誘われた時というのは、うまく断ることができていたのだが、それも本当は偶然ではなかったのかも知れないと思えてきた。
今日、藤原から誘われるまでは、用事があったのを偶然とは思っていなかった。自分だけの用事がほとんどだったが、それだけ毎日を自分が思っているよりも、予定を立てて生活をしていた証拠なんだと思うのだった。
その用事が、本当にその日のうちにしなければいけないことであったり、本当に必要なことなのかという度合いについては、この際問題ではない。相手がその用事を止めてまで付き合う相手なのかどうかの判断に掛かっていた。要するに、
――天秤に架けた――
のである。
誘われて、ついて行った相手もいた。本当に大した用事ではなかったことで、時間もあったというのが本音だったが、付き合ってみると、自分が本当に身構えてしまっていたのだという意識を持つくらいに楽しい時間が過ごせた。
だからと言って、他の人と同じような時間を過ごせるとは限らない。たまたまその人がいい人だったというだけなのかも知れない。なつみは、その人がたまたまいい人だったという考えが頭の中にあったのだ。
それも偶然のように見えて、なつみは偶然だとは思えなかった。
――こういうことを偶然として片づけてしまうと、目の前のことしか見えなくなって、冷静な判断ができなくなってしまう――
と思っていた。
確かに、偶然が重なっただけなのかも知れないが、偶然を自分の仁徳のように思ってしまい、考えることを自ら止めてしまうと、先に進めなくなる。
――偶然と神頼みを重ねて考えてしまいそうになるから――
というのが、なつみの本心だった。
冷静な判断力というものがどこから来るのか考えたことがあった。
――寂しさや孤独を知っている人は、冷静になることができて、判断を誤ることはない――
と思うこともあった。
しかし、孤独であるということは、まわりとの接点が限りなく少ないということでもあり、冷静な判断力ができたとしても、それは自分の世界の中だけのことになってしまうのではないかと思うようになっていた。
なつみは今までに、自分をわざと孤独の淵に置いてみることがしばしばあった。
たとえば失恋をした時など、敢えて、自分を孤独の淵に置いてみることがあった。
無意識のうちのことだと思っていたが、孤独の淵に置くことで、
――自分よりも孤独な人はいないんだわ――
と思うようになる。被害妄想がピークに達すると、感覚がマヒしてきて、目の前しか見えなくなる。
目の前しか見えなくなると、今までの自分が、
――先ばかりを見ていて、足元を見ていなかった――
ということに気付くのだ。
先ばかり見て、足元を疎かにしていても、逆に足元ばかりを見て、前を見ていなくてもどちらも一長一短で、中途半端だ。
――ではどちらがマシなのか?
と考えると、なつみは、どちらも捨てがたいと思うのだ。
要するに、その時々で状況が違っているのだから、どういう状況の時に、どちらの行動を取ればいいかの判断ができればそれでいい。そう思うと、結局は自分の直感であったり、本能に身を任せるのが一番だと思うようになった。
――何も無理をすることはないんだわ――
その時々で感じることを信じることが、自分を信じることに繋がり、それが後悔しないことにも繋がってくるのだった。
なつみは、藤原に誘われた時、一瞬ドキッとしたが、それは警戒心を煽るものではなく、自分の気持ちの中で燻っていたものが顔を出したような気がしたのだ。
無意識に何も考えないようにして藤原の誘いを考えると、悪い気はしなかった。
――きっと優しくしてくれる――
作品名:セカンダリー・プレイス 作家名:森本晃次