セカンダリー・プレイス
なつみは、一つのことを願うと、複数のことを願いたくなってくる。最初に願ったことの派生になるのだが、複数の願いが叶うとは思えないので、初詣などのお参りでは、そのうちの一つに絞るようにしている。
――次に来た時に、別のお願いをしよう――
と思っているのだが、なかなか神社に立ち寄ることはなかった。
神社の近くを通りかかって、神社があることを意識しても、そのままお参りしようという気にはならない。
別に面倒臭いなどという物ぐさな思いではなく、初詣などのように、特別な時にしかお参りしようとは思わないのだ。ご利益がないとでも思っているのだろうか?
――初詣以外でもお参りしようという意識が生まれた時、願いが叶う神社というのを見つけることができるのかも知れない――
と感じるようになっていた。
そのきっかけとして、藤原という男性と知り合ったのだとすれば、そう遠くない将来、願いが叶う神社を見つけることができるのではないだろうか? その時には何をお願いするかということも明確になっていることだろう。
なつみは、自分がその時、ポジティブになっているのを感じた。
そして、その時、藤原さんとまた近い将来、出会うことになるだろうと、信じて疑わなかったのだ……。
第三章 二番目
スナックのママさんにだけは、以前自分が願いが叶う神社の存在を信じていて、探していたことを話していた。ママさんは黙って聞いていたが、別にバカにしている様子なかったが、あまりにも冷静だったので、どこまでなつみの話を信じているのか、疑問でもあった。
ただ、最初に感じていたよりも、ママさんは現実的なところが多いので、次第に会話も疎遠になってきた、スナックでの話題としては面白いものではあったが、相手がどこまで真剣に聞いているか怪しいものだった。話をすればするほど、相手が軽くしか聞いていないことが分かってくる。そう思うと、なかなか話題にもできなかったのだ、
「なつみちゃんは、面白い娘だね」
と言われると、その言葉があまりにも曖昧に聞こえ、話をまともに聞いていないことを示していた。そんな言われ方をすると、
「それ以上、この話題に触れないでくれ」
と言われているようで、悲しくなってくる。
人から曖昧な返事をされることが、どれほど悲しく寂しいことなのかということを、なつみは学生時代に味わっていた。
ちょうど、大学三年生の頃だっただろうか? 大学に入学して最初に知り合った友達を、なつみは親友だと思っていた。
「ずっと親友でいようね」
と、知り合った時からずっと言い続けてきた。しかし、それはお互いの気持ちを確かめるために口にしていたことで、逆に言えば、
「口にして確かめないと分からない程度の仲なんじゃないかしら?」
という疑問が湧いてきてもいいはずなのに、二人ともそのことに気付かずに、いつもどちらからともなく口にしていた。
要するに、そのことの不自然さにどちらかが気付いた瞬間から、二人の仲に小さくても亀裂が走ることは明白だったのだ。
お互いに口を開くことをしなくなった。
――他の人が相手であると別に構わないのに、どうして親友の彼女に対して口が利けなくなったのかしら?
単純に考えれば分かることだった。
――お互いに遠慮してしまうと、距離が近いと思っているだけに、相手に悟られたくないという思いから、相手に気付かれないように、距離を置かなければいけない――
それがどれほど大変なことなのか、想像するだけで大変だった。
高校時代までは、思ったことをよく口にしていたが、大学に入ると、なかなか言えなくなってしまった。入学当初は、思ったことを口にしていたが、その頃がピークだったのかも知れない。
元々中学の頃までは、思ったことを言えずにいた。
いや、言わなかったと言った方がよかったかも知れない。中学の頃までは、
――私は、まわりの人とは違うんだ――
という意識が強かった。
しかし、その反面、
――まわりの人は自分よりも偉いんだ――
偉いということがどういうことなのか漠然としていたが、自分にできないことをできる人が、自分よりも偉いという、
――偉さの基準――
を持っていた。
何よりも、人との会話が一番苦手だったことは、偉さの基準として、自分は致命的だったに違いない。
高校に入ると、
――どうして中学時代まで人との会話が苦手だと思っていたんだろう?
と感じるようになった。
高校一年生の時、声を掛けてきた女の子がいたが、その女の子の口癖が、
「なつみさんになら、何でも話せる気がするの」
と言っていたことだった。
その女の子は、他の人とあまり会話はしなかったが、真面目が取り柄というだけの、まわりから見れば、
――面白くない存在――
だった。
余計なことを口にしなければいいのだが、つい言わなくてもいいことを言ってしまい、まわりから反感を買っていた。そんな姿を見ていると、
――最初は自分も同じようにならないようにしないといけない――
と考えたが、自分に対して慕ってくる相手を簡単に突き放すことはできなかった。
しかし、一緒にいるだけで仲間のように思われることで、なつみはジレンマに陥っていた。彼女と一緒にいると、まわりからしかとされてしまい、浮いてしまうことが目に見えていたからだ。
だからと言って、彼女を見捨てるわけにはいかない。それをしてしまうと、自分が自分ではなくなる気がしたからだ。
なつみは、何とか中間にいることを考えた。そうすれば、どちらにも悪い印象を与えないと思ったからだ。
――まるでコウモリみたいだわ――
鳥に出会えば、自分を鳥だといい、獣に出会えば、自分を獣だと言って、うまく立ち回っているコウモリ。しかし、結局どっちつかずになってしまい、中途半端な存在は、どちらに対してもイメージしか与えない。そのうちにどちらからも相手にされなくなり、宙に浮いた存在になる。そんなコウモリをイメージしていたくせに、実際にジレンマに陥ってしまうと、どちらを選ぶこともできず、結局中間にいて、まわりの同行に合わせるしかなかった。
要するに自分の気の持ちようで、自分が中途半端な存在ではないということを意識させるしかなかったのだ。
そのうちに自分がまわりの人と適度な距離を保っていると思っていたことが間違いだと気付いた。それまでは誘われていたことを誘われなくなったり、皆が知っていることを自分だけが知らなかったり、次第に孤立してくるのを感じていた。
――まわりの人が私の悪口を言っている――
という被害妄想にも陥った時期があった。その時期は、自分でも鬱状態だったことが分かっている。鬱状態というのは、本人が一番強く意識しているものなのに、いつまでも続くとは思っていない。
鬱状態を意識していると、いつ鬱状態から抜けられるのかということがある程度早い段階で分かってくるようになってきた。最初は、
――私の勘が鋭いからだわ――
と思っていたが、実際にはもっと単純なものだった。
それは、鬱状態というのが、期間的にある程度決まっているからだったのだ。
作品名:セカンダリー・プレイス 作家名:森本晃次