セカンダリー・プレイス
矛盾というのは、自分の意識の中でたくさん渦巻いているものだが、矛盾というものも、多数あれば、それが真実になってしまうこともある。数の魔力というべきか、集団意識とでも言うべきか。今まで集団意識というものに悪い印象しか持っていなかったが、矛盾を乗り越えるには集団意識は避けて通れるものではない。同じ否定するなら、否定する納得の行く考えがなければ、先に進まないのだ。
なつみは、藤原という人間を見ていると、
――彼も矛盾だらけの人間なのではないか?
と感じるようになったが、それだけではない。今まで自分が知りたいと思っていたが、寸でのところで納得のいく答えが見つからず、さらに余計なことを考えてしまい、見失ってしまった真実まで、自分を導いてくれるのではないかと思うようになっていた。
また、藤原さんの話を聞いていると、時間の感覚がなくなってしまう。
なつみは、学生時代に一時期絵を嗜んでいた時期があったが、その頃がどんなに長い時間描いていたとしても、感覚的には数十分くらいのものだった。それも感じる時間はいつも同じ、自分が感じた一定の時間に我に返るのだが、気が付いた時に経っている時間は、その時々でまちまちだった。
「なつみちゃんは、三社参りをした時、どの神社に強い願いを掛けていた?」
と、藤原さんは聞いてきた。
「私はどの神社にもあまり区別なく、祈願していたと思いますが?」
おかしなことを聞いてくると思いながら答えていたが、
「本当にそうかな? いや、その言葉にウソがないということは、普通、最初の神社に一番願いを強く持っているよね。そして最後の神社では、それまでの移動の疲れや、これで最後だという安心感から、言い方は悪いけど、惰性になっていたんじゃないかな?」
さすがに惰性と言われて少しムッとしてしまったが、その言葉にウソはなかった。言い返すことなどできるはずもない。もしその場で何か言ったとすれば、それはすべて言い訳にしかならないからだ。
「確かにそうかも知れませんね」
せめて、最後は何とか煙に巻くしかないだろう。もちろん、
――言い訳などできるはずもない――
と、藤原さんの方でも思いながら質問しているのだろうから、相手もそれ以上深くは聞いてこない。苦笑いを浮かべたまま、どこか勝ち誇ったような表情がシャクに障ってしまった。
「いや、言いにくいことを質問してしまったようだね。でもね、私が問題にしたいのは最初と最後の神社ではなく、二番目の神社のことなんだ」
またおかしなことを言い始めた。
「二番目……ですか?」
「ええ、そうなんですよ。最初と最後に挟まれて、一番影が薄い存在になっていませんか?」
「ええ、確かにそうですね。やっぱり中途半端な考えがいけないということなんでしょうか?」
「いえ、そういうことではないんですよ。実は二番目の神社が一番重要な意味を持っているんですよ」
「二番目に何か意味があるんですか?」
三つあって、二番目というと、あまり印象深いものではない。たとえば三兄弟でも、次男というと、どうも影が薄いような気がするのは気のせいであろうか?
「三兄弟の次男を思い浮かべたりしたでしょう?」
「えっ、どうして分かるの?」
「なつみちゃんを見ていると分かってくることが結構あるんだよ。なつみちゃんは自分が考えているよりも分かりやすい雰囲気なので、気を付けた方がいいかも知れない」
「そうなんですか?」
少しショックでもあったが、ウスウス自分でも分かっていたし、学生時代に言われたこともあったので、
――やっぱり治っていないんだ――
と、就職して仕事するようになれば、そんな性格も変わると思っていただけに、ショックだった。
「普通、三社参りなら、一日に一気に三つの神社を参らなければならない。そう言われていると思うんだけど、それも実は地域によって言われ方がバラバラなんだよ。それがいわゆる『都市伝説』と言われるゆえんなんだと思う。全国に広がった内容を都市伝説とは言わないからね。でもこの話には続きがある。それはその地域それぞれにあるものなんだけど、それでもやっぱり最後には同じところに辿り着くことになっているんだよ。本当の都市伝説というのは、案外そういうものなのかも知れないね」
「それってもはや都市伝説とは言わないじゃないですか?」
「そうだね。君たちが知っている都市伝説とは主旨が違っているからね。そういう意味では、これは『都市伝説の発展形』と言ってもいいかも知れないね」
「それは、ごれくらいの単位で違っているんですか? たとえば地域の単位なのか、県の単位なのか、それとも市町村の単位なのか」
「厳密に分けることができないけど、市町村と言ってもいいくらいに細かいものだと思うよ」
「でも、そんな全国の市町村の単位ほど、種類ってありますか?」
「なかなか鋭いところをつくね。確かにその通り、微妙なところで違っていたり、中にはかなり遠くの関係のない町同士のところで、まったく同じ内容だったりするんだよ」
「それも何となく不思議な感覚を持ちますね」
というと、またしても、勝ち誇ったような表情で、藤原は話し始めた。
――分かりやすい性格って私のことを言ったけど、藤原さんだって私に見抜かれるなんて、私に負けず劣らずなのかも知れないわ――
と、苦笑してしまった。だが、それも藤原さんの言い分によって苦笑は打ち消された。またしても、唸るような回答をされたのだ。
「そうかい? そんなことはないでしょう。だって、人間一人一人性格が違うんじゃないかな? 似たり寄ったりの人はいるだろうけど、指紋が人それぞれ同じ人がいないように、見ているように見えて、実は微妙なところで違っているんだよ。何十億という人が世界に生きているのにだよ」
「確かにそうですね、指紋という例を出してくださって、私にも理解できたような気がします。でも、指紋というのはすごいですよね。パッと見、まったく同じように見えて、一人一人同じ人が皆無なんですからね」
「そもそも、指紋が皆違うというのは、人間を作った神様のどんな意図が働いているというんでしょうね。そっちの方が興味がありますよ」
まるで、犯罪捜査のためだけに、その人を特定するものとして今は利用されている。現在進行形で、銀行などでは本人認識のために指紋を利用している。今後は、指紋だけで住民登録が行われ、それが社会的にすべて通る世の中がやってくるのかも知れない。
「でも、指紋だって、いつまったく同じ人が現れないとも限らない。私はそんな気がしているんですよ」
「それこそ、突然変異のように扱われるけど、それが本来なら自然な姿なのかも知れませんね」
「時代を遡れば同じ人がいるかも知れない。タイムマシンの開発がうまくいかないのは、こんな細かいところの問題解決も行われないと、着手できないんじゃないかな?」
そこまで言うと、どうやら自分がかなり脱線した話をしていることに藤原さんは気が付いた。
「えっと、どこまで話したんだっけ?」
「都市伝説がかなり細かいところで分かれているというところですね」
作品名:セカンダリー・プレイス 作家名:森本晃次