セカンダリー・プレイス
「いや、観光地にあるような大きな神社ではなく、どこの街にも一つはあるような神社で、いや神社というよりも、鎮守様と言った方がいいような場所だね」
なつみは境内の横で子供たちが遊んでいる姿が思い浮かんだ。なつみが子供の頃にはほとんど見かけられなかったはずなのに、思い出すというのはどういうことなのだろう?」
――ここ最近は、記憶にあるかどうかギリギリのラインの記憶を敢えて思い出しているような気がする――
それは一歩間違えれば、一つ思い出せばすべてを思い出せるというラインと、一つを思い出すことができなければ、まったく他のことも思い出せないというラインを行き来しているように思えた。
――私って、記憶をそんな集団で考えるような意識を持っていたのかしら?
と、考えていた。
そんな思いを抱いていた時間があっという間だったというこは、次の藤原さんの言葉を聞いてからだった。
その言葉を聞いてハッとしたのだが、
「小さな鳥居が一つではなく、三つあるのが見えたんだ。なつみちゃんは、初詣には行く方かい?」
「学生の頃はよく友達と行っていましたが、社会人になると、ほとんど行かなくなりましたね」
それは本当だった。学生時代には集合を掛ける人がいたので、行きたいという思いよりも、誘われるから赴くというのが、本音だった。初詣にそんな不謹慎な考えでいいのかという思いもあったが、人ごみは大嫌いだったのと、集団であれば、楽しく時間を過ごせるという思いがあることで、
――自分がまわりを利用している――
と思うことで、思い腰が上がるのなら、それでいいと思っていた。
一緒に初詣に出掛けたメンバーは大体が五人だった。
――そういえば、偶数ということはなかったわ――
と今さらながらに感じた。
――そんなことを考えたこともなかったはずなのに、何を今さらそんなことを考えるのだろう?
と感じた。
その答えをすぐに藤原さんが出してくれたが、それは逆にこの会話に一石を投じるものとなったのは、皮肉なことだった。
「初詣に行く時、三社参りというのを聞いたことがあるかい?」
「ええ、確か偶数だと縁起が悪いので、奇数にしなければいけないという話を聞いたことがあります。だから三社なんだって私は思っていました」
「その通りですね。お参りは奇数というお話をよく聞きますね」
「だから、夢の中で見た鳥居も三つだったんですか?」
「そうだと思います。夢の中で鳥居を見た時も、三つだと思ったから三つだったのかも知れませんが、三社参りという言葉が頭を過ぎったからなのかも知れませんね」
そこまで話をしてくると、次の言葉は自分でも想像できるかも知れないと思ったものだった。そう思うと、今まで忘れていたものを一気に思い出せそうな気がしてくるから不思議だった。
「それでね。僕が見た鳥居の前に一人の女性が立っていたんだ。まるで天女か乙姫様のような透き通ったベールのような羽衣を見にまとっていたんだ」
「何とも、メルヘンのようなお話ですね」
他の人が相手であれば、
「バカにしてるのか?」
と言われて怒られそうなのだが、その時は逆にそう言ってあげた方がいいような気がした。藤原さんの話は放っておくと自分の世界に入りこみ、入りこんだ世界で勝手にいろいろ想像して、果てしない妄想に繋がりそうな気がしたからだった。
藤原さんは別に怒っている様子もなく、自分の話を真剣に聞いてくれているなつみに敬意を表していたくらいだった。
「なつみちゃんは、『願いが叶う神社』というのを聞いたことがあるかい?」
なつみはハッとして、
――これだったんだ――
と思った。
願いが叶う神社というのは、ちょうど思い浮かべていたばかりではないか。その時に感じた思いが極端にしぼむこともなく、意識の中に形として残っている数少ない思いだったのだ。
前の会社を辞めてから、捜し求めていた時期があった。しかし、あれは半分自暴自棄になっていた時期でもあったので、今から思えばその頃の記憶が薄れてきたというよりも、正直、
――まるで夢を見ていたようだ――
と、夢と現実の間で、意識が揺れ動いているという、そんな感覚だった。
そんななつみの表情を見て、藤原はどう感じただろう? 少なくともハッとしたのは自分でも分かっている。なつみを凝視している藤原にその思いが見えないわけはないだろうと思われた。
だが、藤原には他のことはお構いなしだったのか、途中で話を止める様子はなかった。なつみの返事を待たずに、
「その神社は、どこにあるか分からないんだけど、三社あると言われているんだよ。そのうちに一社に参ると、そこで残りの二社にも参らなければいけないという思いに駆られるらしく、初詣で参った人は、その日に一気に三社を回ってしまうという話なんだ」
「でも、それが普通じゃないんですか?」
「ええ、他の神社ならそれが当たり前のことなんですけど、願いが叶う神社というのは、そんな単純なものではないらしいんです」
なつみも、都市伝説的なものはいくつか知っているつもりだった。その多くは単純なものではなく、してはいけない法度のようなものがいくつもあり、それが複雑に入り繰っていることで、分かりにくいものになっていて、それがなかなか一般の人に受け入れられないものとなっているのだろう。
――だから伝説なんだ――
と思わせるのだ。
「やっぱり他の都市伝説のように、いろいろな戒めや、言い伝えがあるんですか?」
と聞いてみると、
「都市伝説? う〜ん、確かに都市伝説と言えば都市伝説なのだろうが、都市伝説にはいろいろな通説があると思うんだ。たとえば地域によって話が違っているとかね。でも、このお話は、ある程度全国共通と言ってもいい。だけど、他の都市伝説のように書物が残っているわけではないので、人それぞれの意識が言い伝えになっているんだね。それだけに、全国共通の認識があるというのはすごいだろう? 人それぞれに考え方があるのだから、受け取り方で違っているはずなんだけど、それがほぼ違いがないということは、何か意味があると思う」
「……」
「それは夢の世界に似ているのかも知れないね。というより、夢の中の世界と混乱しているのかも知れない。だから、目が覚めるにしたがって意識が薄れて行って、夢を完全に忘れてしまう。だけど忘れているわけではなく、意識の奥に封印されているんだろう。夢が封印される場所があると思うんだ。そういう意味では、誰もが同じ認識で意識が残っているということは、夢とは違い、さらに現実に近いところにあるものではないだろうか。だけど、それを認めるのが怖くて、誰もが無意識にその話を強力な意識で封印させているのかも知れない」
藤原さんは難しい理詰めで話をしてくるので、ついすべてを信じてしまいそうになる。
――迂闊に信じてはいけないわ――
と自分に言い聞かせたが、そのためには、余計な質問はできなくなる。しかし、質問ができないと、話が進展しない。そんな矛盾になつみは、以前から気付いていたのかも知れないと思っていた。
作品名:セカンダリー・プレイス 作家名:森本晃次