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短編集7(過去作品)

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「あ、いえ、もっと広い店内かと思っていたもので」
 我に返った私を見つめる彼女の瞳が、若干潤んでいるのを感じた。目を瞬かせ、どちらかというと好奇の目と言ってもいい目だった。
「ええ、実は私も最初同じことを感じたんですよ」
 彼女はそう言って、洗い物の手を少し休めた。
「私もこの店に最初入った時はお客の一人だったんですけど、確か座ったのがその席だったんですよ」
 そう言って座っている私を指差した。
 陽子さんはそう言いながら、カウンターから出てきた。手拭いで綺麗に手を拭き現れた彼女は、スリムで背が高い方だった。店のカウンターの中は、座っているお客さんを見下ろさないように、一段低く設計されていることは知っていたが、思ったより背が高いことにびっくりしてしまった。百七十センチ近くあるかも知れない。
「背が高いんですね」
 赤いエプロンがスリムな身体によく似合っていた。肩まであるストレートな髪の毛が、差し込んでくる陽の光に照らされて、少し茶色に輝いている。爽やかな香りがしてきそうだとは思っていたが、やはり想像通りの香りがしてきた。
――菊の香り――
 花の香りに負けず劣らずの髪の香りは私をウキウキした気分にさせてくれた。
「これでも、高校時代はバスケットやってたんですよ」
 スポーツをするように見えなかったのは、最初に見た印象からだった。しかし話をしたり、カウンターの中で手際よく作業する姿を見ていると、彼女の言葉を素直に受け入れることができる。
「そうですか、僕はスポーツはやってなかったな」
 高校時代、これといってやりたいことが見つからず、さりとて勉強を一生懸命にしていたわけでもなかった。やりたいことがなかったわけでもないのだが、性格的なものだろうか、何をやっても中途半端で終わる気がしていたのだ。
――いつも変な思い込みをしてしまう――
 結局、高校三年間全体が中途半端に終わってしまい。今それを後悔している。せっかく大学に入ったのだから、何かをしなければと思っている。
「今は何かやってますか?」
「いろいろ考えてはいるんですが……」
 そう言って苦笑いをする私は、彼女の目にどう写っているのだろう?
「何かやりたいことが見つかるといいですね」
 言葉が終わる頃には、彼女の視線はすでに自分になく、奥にある菊の花に向けられていた。こちらからでは彼女の表情を見ることができないので、どんな表情をしているか、気になるところではあった。
「この店は結構アベックが多いんですが、ここで別れていくカップルも多いんですよ」
 相変わらず視線を菊の花に向けたまま、陽子さんはしみじみと語り始める。
 あたりを見渡すとアベックがいるが、皆親しそうに話している。この中の誰かが別れていくアベックになるのかと思うと不思議な気がするくらい、皆仲むつまじい。彼女のいない私にとってはよく分からないことだった。
「僕もそのうち彼女を見つけて、アベックで来てみたいものですね」
 コーヒーを口に運びながら話す私の方を振り返った陽子さんの顔と、目が合ってしまった。顔は正面を向いていたのだが、眼だけ陽子さんに視線を向けていたため、横目になってしまった。
――まずかったかな――
 心の中でそう呟いきながら、耳が真っ赤になっていくのを感じていた。
 私を見つめる陽子さんの目、それを感じただけで火照ってくる顔が熱くなるのを抑えることができなかった。
――恋人に見つめられるのって、こういうことなのかな――
 彼女の視線の先には明らかに私がいた。しかしそう考えれば考えるほど、私の後ろに誰かがいるのが感じられた。振り返ろうとするがそれもままならない。彼女の視線から逃れることのできないこの瞬間に息詰まるような思いを感じていたが、決して苦痛感や、不快感を伴うものではない。
 正確にいえば、後ろに誰かを感じるのではなく、私を見つめているはずの彼女の視線自体に奥を感じるのである。
 瞳の奥まで見つめようとすると、瞳の表面に浮かんだ自分の姿を見ることができる。
 最初、確かに瞳に写った自分を確認することができた。にっこり微笑みながら見つめている姿である。
しかし、今その瞳の表面に写っているのは私ではない。誰か他の男なのだが、はっきりと、顔を確認することはできない。にもかかわらず、その男をどこかで見たことがあるような気がしてくるのは、なぜなのだろうか?
 さらに彼女の瞳の奥にある心を覗きたいという思いは、男としての自然な気持ちであり、今まで自分に感じたことのない初めての思いであった。女性を好きになったことはあっても、なぜか尻込みし、相手の目をまともに見ることもできなかった高校時代から考えれば、それは進歩というべきである。
 進歩?
 いや、初めて自分の気持ちに素直になれたのだ。私にはそれが嬉しい。その気持ちを起こさせてくれた彼女に感謝することで、初めて本当の恋心を素直に受け入れられる自分にびっくりもする。それが素直な気持ちなのだ。
 そう感じた時、この感覚が初めてだと思えなくなっていた。以前から自分の中にあった感情、表に出てこなかっただけの感情、自意識がなかっただけで、ずっと私の中で働いていたに違いない。
「あの、今、恋人はいらっしゃいますか?」
初めてためらいながらの彼女の質問であった。
「え、いませんよ」
 いきなりの質問に戸惑ってしまったが、
「すみません、いきなり変なこと聞いちゃって、何か自然なんですよ。あなたといると、今日初めてお会いしたという感じには思えないんです」
 そう話す彼女の瞳には、今度こそ私が写っていた。それもはっきりとである。もう違う男に変わるような気がしない。
「そうですね。以前から知り合いだったような気がしますね。そんなに気さくな感じがしますか?」
「ええ、私、最初からそう思ってましたわ」
 私にとって彼女は私が今まで出会った中でも、気さくに話せる初めての女性かも知れない。しかし彼女も私に対して同じ感情を持ってくれていれば、これほどうれしいことはない。
 しかし、一抹の寂しさを感じるのはなぜだろう? 彼女の言葉がそれを教えてくれた。
「最高の友達になれそうですね」
 微笑かけるその顔に安心感が溢れている。
 彼女の言葉はとてもうれしいものである。もちろん私も同じことを感じているのだが、
“最高の友達”と言われてしまっては、それ以上への発展はありえない。会ってから時間がそれほど経っていないにもかかわらず、今はそれで満足できないと思う自分がいるのを感じている。
「友達じゃだめ?」
 もちろん言葉にはなっていないが、そう目で訴えられている気がした。なるべく顔に出さないようにしようと思っていても、たぶん今の私の顔には困惑の表情が出ているに違いない。
 それほど彼女といたこの時間に深みを感じる。今日初めて会ったはずなのに“友達”という言葉ではすでに満足できないなど、今まででは考えられないことだった。
 それだけ彼女とは違和感がないのだ。
 時々、彼女の行動や言動にドキリとするものを感じる。だがそれ以上に、
――次はどんなリアクションをしめしてくれるのだろう――
 という期待感の方が大きく、ワクワクしてくるのを感じるのである。
作品名:短編集7(過去作品) 作家名:森本晃次