短編集7(過去作品)
どちらかというと私みたいなタイプの友達のようだ。
「類は友を呼ぶ」というが、吉村の友達にはクールなタイプが多いのかも知れない。
「で、一体どうしたんだい?」
ここからが話の本番、気のせいか吉村の咳払いが聞こえたような気がする。
「そいつが言うには、自分が大変なことをしてしまったというんだ。やつの家は田舎の方にあるんだけど、まだ高校時代のことだったらしい。駅を降りた途端集中豪雨に遭い、家に連絡して迎えに来てもらおうにも、あいにく両親とも出かけて留守の日だったらしいんだ。仕方なく、ゆっくりと歩き出したらしい」
吉村は右手に持ったジョッキーを口元に持っていくと、一口ビールを口に含み、ゴクリと喉を鳴らした。
吉村は続ける。
「高校二年だったので、大学受験用に塾に通っていてその帰りだったらしい。駅に着いたのは午後十時を過ぎていて、電車から降りる人もほとんどおらず、いても皆お迎え付きだったようだ」
そんな光景は私にとっては日常茶飯事だ。まあ、午後十時すぎというのは滅多にしかないのだが……。
「電車を降り、足早に無人駅の改札を抜けたその時、いきなり雨が降り出したと言ってたな。電車から降りた瞬間、コンクリートの匂いと湿気を感じたので、何となく予感はあったらしい」
そういえば私にも同じような経験がある。コンクリートの匂い、確かに雨が降り出す直前に一瞬匂うことがあった。昼間の直射日光に照らされたコンクリートのホームから湧き出ているのだろうが、それが湿気と一緒になって匂ってくるのだろう。
特に田舎の場合、まわりには木々や草むらが生い茂っていて、この時期になるとうるさいセミの声が微妙にいつもと違って聞こえたりするのだ。長年住んでいると、そのくらいのことは感覚的に分かっているのである。
軽く頷いた私を見て、吉村はさらに続ける。
「用心深い友人は、傘をいつも持ち歩いていたので、それほど被害はないだろうと思ったらしいのだが、誤算は風が強かったことらしい。思ったよりの横殴りの風にはさすがに一瞬歩き始めるのをためらったようだが、じっとしていても埒があかないと歩き始めた」
「俺でも同じだろうな」
自分の利用している駅も同じような感じなので、容易に想像はつく。
「だが、風が一定の方向から来るのであればまだしも、どうやら風が舞っているようで、自分が考えている通りの歩き方ができず、下半身が濡れるのは覚悟の上で歩くことになったようだ」
「うんうん」
私は目を瞑り、話の世界に入っていた。何度同じような目に今まで遭ってきたことだろう。それを思い出してきたのだ。
「友人は変なところにこだわりがあったんだ。自分が今まで迎えに来てもらったことなどなかったこともあってか、迎えの車に対して、迎える方にも迎えられる方にも偏見を持っていた。いつも横目で見ながら心の中では睨みつけ、逆に哀れみさえ持っていたと言っていた。もちろん、そんなことは今まで誰にも話したことがなく、酔ったはずみで出てきた言葉だったこともあって、かなり興奮気味に話していたが、最後は「すまなかった」といって冷静さを失ってしまっていた自分を悔やんでいたっけ」
捲し立てるように話す吉村だった。
首を傾げながら苦笑いを浮かべた私は、思わず口を挟んだ。
「それは俺にだってあるさ。俺も迎えに来てもらったことなどないし、特に女を待っている男など最低にしか見えなかった。車高の低い車はマフラーを外していて、田舎者丸出しって感じで嫌だったよ」
「で、あれは降り出した雨の影響があったんだろうね。いつものようにライトを上げてくる車が真正面から来たらしい。しかも猛スピードでだよ。豪雨のため普通ならエンジン音が傘に当たる雨の音で掻き消されるはずだろ?」
「うんうん」
確かにそうだ。差していてもかなりの圧力でのしかかってくる雨に対し、まわりの音はまったく「無力」である気がした。
「それがそうでもなかったらしい。しかもちょうどカーブになったところで、友人からすればいきなり目の前に車が現れたと言っていた。で、完全に出会い頭の状態だったらしいんだが、相手はどうも減速することなくカーブを曲がろうとしていたらしいんだ。もし対向車がいればライトで分かるだろうと、たかをくくっていたのかも知れない」
「しかし相手が人間だった?」
「そう、だから相手も対処しきれなかったのだろう。そのカーブというのはそのまま行けばガードレールの向こうには林になっていて、さらに向こうは池なんだ。ガードレールも老朽化していたんだろうね。スピードに押されてそのまま車は林に突っ込んだんだ。それでも勢いが止まらなかったんだろう。林の奥から水しぶきが聞こえたらしい」
「自爆事故だね」
「そうなんだ。そのあたりはあまり民家もなく、しかもこの雨だろ? 気付く人もいなかったらしい」
私がその場にいたらどうするだろうなどと、思いを巡らせていた。
「それで、その人はどうしたんだい?」
「さすがに最初はあっけにとられたと言っていたね。俺でもそうだろう。その頃はまだ携帯電話もそれほど普及してなく、近くに公衆電話もない。まったく連絡をつけられる場所ではなかった。それでも最初は気が動転しながらでも連絡をつけなければと考えた。だけど……」
「だけど、何だい?」
吉村はそこで一瞬考え込んだ。私もそこまではその人とまったく同じ行動を取るだろう。
「少ないとはいえ、走ってくる車を止めて連絡を取ってもらうことくらいはできたんだろう。しかし、彼はしなかった。その時の精神状態がどうだったか、本人にも分からなかったと聞いたが、たぶんいつも悩まされている車に対しての復讐心が芽生えたのかも知れない。普通だったらそんなこともないかも知れないが、豪雨というその場の環境に悪魔が囁いたと思えなくもないだろう」
「悪魔の囁きか」
思わず呟いた。もし自分がその立場だったら、囁いたのは悪魔ではなく、天使だったと思うかも知れない。
吉村も何気に興奮していた。その様子を悟られないようになるべく冷静さを保って喋ったのは、ひょっとして吉村にも、「悪魔の囁き」が「天使の囁き」に聞こえるからかも知れない。
「俺だったら、同じ立場になったらどうだろう?」
「ああ、そうなんだ。連絡を取ろうと思っても取れない状況だったので、不可抗力には違いないだろうけどね。友達はあとになって次第に後悔が大きくなっていったらしい。しかもその時の車の中はアベックだったらしく、二人とも亡くなったらしい。運転手というよりも、女性に対しての罪悪感があったんじゃないかな」
「やっぱりその場に居合わせていないと、何とも言えないね。特に真っ暗な中での豪雨っていうものが、なかなか想像できるものではないからね」
「で、それからというもの、友達の様子が変わり始めたんだ」
「というと?」
「まず雨が強くなるのが分かるようになった。豪雨が来そうな時は彼の様子が次第に怯えたように萎縮してしまうんだ。本人いわく震えが止まらなくなるらしい」
「それは普通の雨ではなく?」
「ああ、豪雨の時だけなんだ。普通の雨の時は別に何でもないんだけどね」
作品名:短編集7(過去作品) 作家名:森本晃次