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短編集7(過去作品)

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 頭を下げて雑誌を見下ろしている首にこれほど負担が掛かっているものかと、今さらながらに思い知らされた。首から後頭部にかけてのダルイような痛さは肩凝りまで誘発しているかのようだった。
 頭を上げ、肩を竦めるようにして首を一回転させる。貧血に襲われないよう深呼吸をするが、その時にしっかりと目はガラスに写った店内を捉えていた。
 明るい店内を写し出したガラスに私の姿は逆光となり、顔をはっきり捉えることはできない。しかし店内の様子は手に取るように分かるのだが、一人こちらを見ている男性がいるのに気が付いた。
 その人は微動だにすることなくこちらを見つめている。無表情という言葉は、今こちらを見ている男にこそ似合った言葉であると実感し、ガラスの反射越しではあるが、その鋭い視線から顔を逸らすことができなかった。
 初めて見る顔である。だがどこかで見たことがあるような気がして仕方がない。一体それが、どこでいつだったのかなど詳しいことはもちろん、はっきりとした確信をもてないまま、ただ視線から逃れられないと感じた私は、身体の奥からじわりと掻いている汗を気持ち悪く感じていた。
 何とも言えない“にらめっこ”がどのくらい続いたのであろう。背中にじわりと滲んだ汗が、時間の長さを感じさせたが、それほどの長さを自分自身で感じないのは不思議なことだった。
 一瞬の瞬きがあった。ほんの一瞬……。
「あれ?」
 男の姿が視界から消えた。さっきまで目に焼きついていたはずの人なのに、
「もう一度会って分かるだろうか?」
 と感じたのも事実で、それは幻を見たのかも知れないという感覚から来ていることだとすぐに分かった。
「いや、幻ではないだろう」
 すぐに打ち消したのは目を瞑ると瞼の裏に先ほど見かけた男の残像が写っていたからに他ならない。くっきりと浮かんだその顔は私を捉えていて、あくまでも無表情なためか、しばらくイメージが頭から消えることがなさそうな気がした。
 少しの間私の身体は固まったかのようになり、自分を背景としてガラスに写っている店内の様子から目が離せなかった。ひょっとしてまた先ほどの男が現れるのではという思いがあったことは否定できない。
「やはり、幻だったのかな?」
 そう感じると微かに気になりながらであったが、雑誌を元に戻し、レジへと向かった。
「いらっしゃいませ」
 一目で学生アルバイトを感じさせるレジ係の声に覇気は感じられず、あまり気持ちのいいものではない。所詮コンビニなどそんなものだと思いながら買い物かごをレジの上に置いた。
「ん?」
 レジ係はかごを手前に引き寄せたかと思うと、そのまま行動が止まっている。
「早くしてください」
 一瞬あっけにとられた私だったが、次の瞬間怒りがこみ上げ、そう言ったが、不思議なことに耳の奥からしか聞こえない。まるで真空状態でしゃべったかのようで、声になっていない気がして仕方がない。
「あれ?」
 思わずあたりを見渡す。
 まわりの人も誰一人として動いていない。コンビニにいる人たちは私以外凍りついてしまったかのようである。
「あっ」
 振り向いた瞬間腕が当たったのか、レジの横においてあった新製品のお菓子が飛んでしまった。
「えっ?」
 グシャっという音を想像し、すでに諦めかけていたお菓子の落下は、気が付くとまだ床までの半分も到達してなかった。
「まさしく真空状態?」
 この空間だけ、どうかしてしまったのかも知れない。
 何が起こっているか分からないまま、とりあえず、お菓子を空中で受け止めた。
「そんなバカな……」
想像していたような真空状態では、感じるはずのない重さを感じ、腕に掛かる負担に一瞬耐えられない気がしたくらいだった。
「ガタッ」
 物音に気が付いたのは、その時だった。
 自分の背中にある陳列棚の裏側からその音は聞こえた。物音が遮断されていると思い込んでいた空間で聞こえた乾いた音、確かめないではいられない。
 おそるおそる、裏へと回りこんでみる。自分が歩いた靴音は遮断されていたが、明らかに裏に誰かいて、その人の行動から発せられる音は遮断されていない。
 ということはここには三つのパターンの人間が存在するということになる。一つはまったく動かず、そこから何の現象も起こらないパターン、そして普通に動けるのだけれど、物音が遮断された真空状態のパターン、そして、普通どおりに動いているパターン。
 私は三番目のパターンの人間の顔を見たくて仕方がなかった。
 ゆっくりと覗き込んだその顔を見た時、私の動きは一瞬止まってしまった。まわりの人間も同じように止まったのだろうか?
 いや、そう思ったのは本当に一瞬で、それも自分の意識の中だけではなかったかと思えるほどだった。身体の重さに変化もなく、思い過ごしで済ませられそうな気がするくらいである。
「ハッ」
 男が私を見つめている。
 覗きこんだ瞬間目が合ってしまったのだ。思わず頭を後ろに逸らしたが、はっきりと見られたはずである。
 しかし男は私の存在など無視して、何かゴソゴソとやっている。地べたに座り込み、陳列棚を物色しているようだ。
 不思議なことに私には男が何をしているか分かるような気がしていた。先ほど私と合わせた目、あれは完全に驚きの目だった。それも明らかに私に向けられた目であった気がしてならない。自分以外で動いている人間などいないという確信があったのだろうか?
 顔には笑みさえ浮かべ、唇が怪しく歪んでいる。相手の表情に負けまいと、今私がしているとすれば、そんな表情に違いない。
 万引き……。
 そう、男は周りの人が誰も動かないのをいいことに、店の品物を自分のカバンの中に入れているのだ。
 陳列棚の中間あたりにその男はいて、私が見ている反対側に違う男がこちらを見つめている。止まっていて無表情なため何を考えているか分からないが、他人に見つめられながら万引きをしていたことになる。それで平気なのだろうか?
 私がそう感じていた時、座り込んでいた男は私に微笑みかけたかと思うと、立ち上がり出口の方へと向かった。何事もなかったように出て行くその男に、もちろん罪の意識などあろうはずはない。
 男が店を出ようとして扉を開けた瞬間だった。一塵の風が舞ったかと思えば、店内に空気が戻ってきた。それは香水のような甘い香りだったような気がするし、柑橘系の酸っぱい匂いだったような気もするのだが、何かの匂いを含んだものであることには間違いなかった。
 おでんの匂いが食欲をそそる。先ほどまで音だけが気になっていたが、匂いまで遮断されていたことを今さらながらに知ったのだった。
 まわりを見ると今まで止まっていた人たちが動き出した。凍り付いていたことをまるで知らなかったように普通に行動している。
私は先ほど出て行った男を見ていた人に注目したが、彼も別に変ったことなどなかったかのように買い物をしている。
彼に対して考えられることは二つである。まったくさっきの時間帯の記憶が最初からないのか、それとも、見てはいたのだがこの部屋に空気が戻ってきた瞬間、凍っていた時間帯の記憶を失ってしまったかのどちらかだ。
私は夢でも見ていたのだろうか?
作品名:短編集7(過去作品) 作家名:森本晃次