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短編集7(過去作品)

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 という思いはずっと心の中に潜在意識として持っていた。たまに表に出てきて無性に虚しい思いをする時があるが、普段は充実した生活の中に隠れている。しかし頭の中でいつも考えていることに間違いはなかった。
 時々感じることがある。
「目の前にあって、それを見ているにもかかわらず、気が付かないこと。それは目に入っているだけではなく、間違いなく目で見ているはずなのに……」
 そんなことを感じ始めた頃だったのだ、通勤途中で後ろ姿が気になる男性を発見したのは……。

 最近よく見かける人、実は朝見かける人だけではない。
 確かに朝の人は毎日いつも同じシチュエーションで見かけるので気になっているが、だからといってそれ以上のことはなく、ただ気になるというだけである。
しかし、もう一人見かけるこの人は違う意味で気になってしまう。ある意味、毎日会わないから余計にかも知れない。
その人はいつ現れるか分からない。朝かも知れないし夕方かも知れない。しかも決まった場所でもない。だがなぜかその人が現れる時というのは、決まって予感めいたものがあるのだ。胸騒ぎというか、明らかに違う。
何が違うといってはっきりと分かっているのは、その時の“空気の匂い”が違うのだ。無味無臭の空気を薄い茶色に感じたかと思うと、何とも言えない匂いが鼻をつく。
酸っぱいような、それでいて甘味のあるその匂いは、どこかで嗅いだことのあるような懐かしさがあり、一瞬望郷の念を私に抱かせてくれる。
雨が降り出す前に、湿気を帯びてきた空気があたりを包んだ時に感じる石のようなあの何とも言えない匂いを髣髴させるが、その時は匂いというより“香り”と表現した方が適切な感じを受ける。
初めてその人に気が付いた時の私の驚き、それはすごいものだった。しかしそれよりも二度目にあった時の方がさらに衝撃だったことは、今思い出すから分かることであって、最初はまさか私とかかわりあうなど考えても見なかった。
最初に会った時の驚きと、二度目の驚きとでは次元の違う驚きであって、しいて言えば朝の男の存在が相乗効果を生んだのかも知れない。
あれもそう、ちょうど朝いつも見る人を気にし始めた頃だから、一ヶ月ほど前のことだったような気がする。どちらが先に気になり始めたかはっきりと覚えていないが、片方が気にならなかったら、もう一人も気にならなかったであろうことには違いないだろう。そういう意味では、朝の男の方が後だったような気もしてくる。
一ヶ月前といえば仕事で毎日遅くなっていた頃のことである。
今でこそ毎日定時に帰れるが、当時は納期が迫っていてほとんどが会社と家の往復だけで、自分の時間を持つことができなかった頃である。不規則勤務にある程度参っていた時期でもあった。
その男はまだ幼さの残る顔立ちで、最初学生かも知れないと思ったほどだった。
しかしそれも第一印象にしか過ぎず、行動を追い続ける限りその時々の顔に表れる暗さや寂しさは、歳とともに刻まれたものであるという思いがしてくる。苦労が顔に滲み出ているといっても過言ではない。
最初見かけたのは仕事が終わってからの帰宅途中であった。
その日は仕事が架橋に差し掛かった頃で、残業も致し方ない頃だったこともあり、夕食も自然と手抜きを考えてしまう。
時刻にして午後十一時を過ぎていたので、当然スーパーも閉まっていた。電車を降り寂しい田舎道で唯一ネオンサインを赤々と目立たせているコンビニがあるだけでも、私には幸いだった。ただ、オートバイや原付が無造作に置かれ、大声で話しながら入り口に座り込んでいる連中のタムロしている姿はいつもながら見るに耐えない不快感を与えられる。
「こいつら一体何が楽しいんだ」
 心の中で叫びながら、心の目で哀れみにも似た視線を浴びせかけた。奴らが気付くとは思えないが、店の人もさぞかし困惑していることであろう。
 意外なことに、その時間のコンビニは混んでいた。近くに団地があることもあってか、ジャージ姿はもちろんのこと、中には下駄履きのパジャマ姿でやってくる“おやじ”もいる。予想通り切れたタバコを買いに来たついでにつまみ類も、といった買い物風景が目立つ。
 中で店員が二人、所狭しと動き回っている。時間帯によってはまったく客のいない時もあるはずなので、あまり増員はできないのだろう。この時間帯、ひっきりなしにやってくる客に追われてんやわんやになっていた……。
 ジャージやパジャマ、そして私のような会社帰りのスーツ姿といった極端に違う恰好の人間が交差する中、その男の恰好は普通の服を着ていて、ごく自然だった。
 自然なのは恰好だけではない。体格も中肉中背、あたりを気にすることもなく、陳列棚をただ見つめているだけだ。他の人から気にされるタイプではない。
 しかし私は見た瞬間から、なぜか気になってしまった。この中での普通の恰好は却って目立つという思いと、どちらかというとこの喧騒とした雰囲気の中で黙々と陳列棚を見ていられることに少し興味を覚えたのだろう。
 私はいつものように弁当コーナーで弁当を選び、その後珍しく書籍コーナーへと足を運んだ。普段であれば、急いで弁当を買って家路につくのであるが、その日はどうしたことか書籍コーナーが気になった。
 その書籍コーナーはガラス張りになった壁の前に位置していて、店の外からも雑誌の種類が見えるかたちの造りになっている。コンビニは大体どこでも同じ造りになっているようで、表から見えることに誰も抵抗感を感じない。
 精神的に少し落ち着きがあったのだろうか。そんな時でもなければ長居をすることのないコンビニで、しかも立ち読みで人の多い書籍コーナーなど見たりはしない。
 会社の仕事で扱い出し、そろそろ購入しようかと思っているパソコン雑誌が最近のお気に入りである。前は週刊誌か漫画雑誌しか見たことがなかったので、種類の多さにびっくりしている。
 おもむろにその中の一冊を手に取りページを捲った。最初読み始めはページをざっと捲りながら全体の様子を見ることにしている。それは週刊誌などにおいても同じことで、表紙の見出しに載っている題目を最初に確認し、ゆっくりと内容に入る。立ち読みをしてからの癖になっているのだ。
 いつもなら読み始めれば、まわりのことなど気にならず、一心不乱に読み耽っていることだろう。しかしその日は違っていた。読みながら思わず顔を上げることが多かった。
 自分が意識してのことではない。読んでいると一瞬目の前にある文章に違う光景がダブって見える気がするのだ。
 目を瞬かせる。
 二度三度と強く目を瞑り、開けた瞬間の光景を目に焼き付ける。浮かび上がってくる文字が立体的に見え、自分が疲れていることに気付く。
「最近、よくあるんだよな」
 どうしても仕事でパソコン画面を見ることの多い私は、それが職業病であるかのごとく感じている。確かに会社を出て、ホッと緊張感の抜けた時に襲ってくる睡魔は、自分でもどうすることのできないと感じることがしばしばあった。
 その時はそれが疲れとなって私を襲ったのだ。
作品名:短編集7(過去作品) 作家名:森本晃次