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時空を超えた探し物

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 その頃、悟は日記をつけていた。すぐに飽きてしまって、継続性のない悟だったが、その時は三年も日記をつけていた。悟にしては異例のことであった。
 どうして継続できたのかというと、その時に見かけた本を読んでいる女性をずっと見ていて、自分なりに勝手な妄想を抱いていたからである。抱いた妄想を、部屋に帰って思い浮かべながら、ふと書き残していたものが、数日経って読んでみると、物語のように感じたからだ。
――別に小説を書いているわけではないのに――
 前の日に妄想したことは忘れているはずだった。その日、見かけた彼女を見て、勝手に妄想しているだけなのに、なぜか物語のようになっているのを見ると、
――日記のように毎日続けてみると、そのうちに一つの物語になるかも知れないな――
 と思うようになったのがきっかけだった。つまり、日記をつけていながら、小説を書いているのと一緒だったのだ。
 その間にいくつの妄想話が出来上がったことだろう。後で読み返すことはあったが、それは一度きりと決めていた。
――二度目、三度目と読み返すうちに、一度目に感じた内容と、変わってくるに違いない――
 と、感じたからだ。
 一度目に感じた内容が一番自分が妄想した時の思いと一致しているからだと思うからで、それは時間の経過だけが理由ではない。
「将棋で、一番隙のない布陣というのは、最初に並べた時のあの形なんだ。一手指すごとに、そこに隙が生まれるということさ」
 という話を聞いたことがあるが、まさしくその通りである。妄想も最初に抱いたものが、自分の感情を一番序実に、そして素直に表している。その思いがあればこその日記なのである。
 日記はあくまでも日記であり、小説ではない。ただ、日記を読み直すと、日記を書いたその時期に自分の意識も持って行くことができることから、本当は何度も読み直したいものなのだろうが、一度しか読み直さないと決めたことは後悔しなかった。
 その代わり、それまでにはなかったことだが、以前に読んだ小説を読み直すと、その小説を読んでいた頃の自分に帰ることができるような気がした。それは、
――帰る――
 という発想よりも、
――還る――
 と言った方がいいかも知れない。単純に時間を遡るだけではなく、その時に至った自分の感覚までもがよみがえってくる。時間が戻るだけではなく、本当にその時の自分に戻ることができるような気がしたのだ。
 そんな悟が本を読むよりも、DVDを鑑賞する時間の方が多くなってきた時期があったが、ちょうどその時、悟は自分を縛っていた禁を破ったのだ。
 つけていた日記の二度目の読み返しをしてみた。
 前は、一日の日記を一日ずつ遡るように、日記の期間ずつ読み返し、極端な話、三年近くかかって、読み返したのだが、今度は、一気に読み返した。
 それでも数日は掛かった。一日の終わりをどこで区切ろうかというのも意識しながらだったが、日記を読み返してみると、想像以上に内容を忘れていることにビックリしたものだった。
 その理由について考えてみたが、
――書く時の、それだけ集中していたということの証明ではないだろうか――
 と感じたことが一番の理由だったように思う。
 確かに書いている時のことを思い出すと、書いている時間がどれほど長くとも、その日の分を書き終えると、書き始める時のことがまるでたった今だったように思えてくるからだ。それだけ、日記を書いている時の自分が、別世界に入りこんでしまったかのように感じるほど集中していたのだろう。
――ひょっとすると、本当に別世界にいたのかも知れない――
 と、思うほどだった。
 別世界を感じていると、筆が進んでくる。悟はその頃にはすでにパソコンは持っていたが、日記だけは手で書いていた。最初はパソコンで書こうかとも思ったが、より妄想を高めるのは手書きが一番だとその時に感じた。
――今だったら、絶対にそんなことは思わないのに、どうしてあの時は手書きが一番だなんて思ったのだろう?
 自分でも不思議だったが、その思いが別世界を感じさせた一番の理由だったように思えてならなかった。
 日記を止める数日前までは、自分が日記を止めるなど、想像もしていなかった。止めてしまった理由はたった一つなのだが、それは、
――妄想できなくなった――
 という、至極単純な理由だった。
 妄想できないのだから、書けるはずもない。
 もちろん、いずれは止める時が来ることは分かっていたし、妄想できなくなるからだというのも分かっていたつもりだったが、本当にそんな時が来てしまうと、
――本当だったんだ――
 と、驚いている自分にビックリしていた。
――書き始めて、三年が経っていたんだな――
 その期間が短かったのか長かったのか、すぐには分からない気がした。もし分かる時がくるとすれば、もう一度、日記を読み直そうと思った時なのだろう。
 そして、いきなり訪れた日記を読み直そうという気持ちが湧き上がってきた時、三年を長かったのか短かったのかという結論を下す時だという思いも一緒によみがえってきた。やはり日記を読み返そうと思った時点で、気持ちは日記を書くのを止めたあの時に戻っているようだ。
 日記を書き始めた時のヒロインである彼女は、いつも一人だった。一人で本を読んでいるのを見て、哀愁を感じていたが、最初はそれを、
――彼氏も友達もいないので、本を読むことで寂しさを紛らわせている。だから哀愁を感じさせるのかも知れないな――
 と思っていた。
 その思いがあったからこそ、
――話しかけてみたい――
 と思いながらも、話しかける勇気を持てなかった。
 最初はなぜ勇気が持てないのか不思議だったが、
――本当に寂しさからの哀愁だとすれば、最初に何と話しかければいいんだ――
 と感じていたからだ。つまりは、最初の一言さえうまくいけば、後はスムーズなはずだった。逆に言えば、最初で滑ってしまえば、取り返しがつかないことでもあった。それが分かっているのだから、迂闊に話しかけられるはずもないというものだ。
 悟は、日記を読み返して最初に感じたのは、
――本当に彼女は、まわりに誰もいなくて寂しいと思っていたのだろうか?
 ということだった。
 結局、本人に話しかけることはできなかった。日記を書き始めたのも、その一つの理由と言っていいだろう。勝手の頭の中で暴走し、妄想を重ねていったのだから、どの面下げて、彼女に話しかければいいというのだろう。
 いや、妄想が膨れ上がったことで、本当の彼女を悟る自信を身失っていた。しかも、妄想の先でしか彼女を見ることができなくなってしまったことで、彼女を見る目はすでに自分ではなくなってしまっていたのだ。
 二度の日記を読み返すようになった時、悟は読書への興味が薄れてきた。
 読書への興味が薄れてきたから日記を読み返す気分になったのか、それとも日記を読み返してしまったことで、読書への興味が薄れてきたのか、どちらなのか分からなかった。しかし、
――最初に日記を読み返すのは一度だけ――
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次