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時空を超えた探し物

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 ということを、気付かぬままに追い求めていた自分が、時間を無駄にしているのではないかと思った時期もあったが、考えてみれば、寂しさについて考えることが、最初から余計なことだと思ってしまうことで、何も考えないようにしている自分の方が、感覚をマヒさせようとしている意志を持てない分、時間を無駄にしていたに違いないと思う。
 悟の四十代は決して無駄な時間ではなかった。
 いや、それまでの時間にも、無駄な時間などなかったと思えるほど、絶えず何かを考えていたということを今となってみれば、顧みることができるのだ。
 感覚がマヒしてきたと思うようになったのは、寂しさを感じないようにしたいという思いからだったが、実際に寂しさを感じなくなったのは、感覚がマヒしてきたのを感じるようになってから、しばらく経ってのことだった。その間、あっという間のように感じていたが、実際には結構長かった。気が付けば、まったく正反対の季節になっていた。
 その頃から主人公になりきって読んでいるというよりも、小説に書かれていることが、実際に起きるのではないかと感じるようになっていることに気が付いた。自分が主人公になって小説を読むということよりも、現実に起きるのではないかと感じることの方が、発想が壮大で、そのくせ、リアルな感覚が襲ってくるように思え、
――本を読みこんできた成果のようなものかも知れない――
 と感じるようになった。
 本を読む時は、静かにしないと読めなかったはずなのに、いつの間にか、喧騒とした雰囲気の中でも読めるようになっていた。最初のきっかけは喫茶店で本を読んだ時のことだった。
 元々喫茶店に一人で入ることに抵抗を感じない悟は、時間があると、よく喫茶店に入っていた。いや、悟にとって時間というのは、余りあるほどにあった。若い頃は、
――もっと自由な時間がほしい――
 と感じたものだった。
 若い頃も、本当はそんなに忙しいわけではなく、時間がないわけではなかった。ただ、何かをしようとすると、最初にそれに使う時間を無意識に計算してみて、空いた時間が当てられるかどうかを考えると、なかなかうまく当て嵌まらないと思ったからだ。無意識に計算する時間というのは、大抵はサバを読んで計算している。多めに計算した上で、当て嵌める時間に余裕を持たせているのだから、最初から時間が合うわけもない。もう少し気持ちに余裕があれば、時間を分割して使うくらいに感じることができるのだろうが、若さからか、自分が使う時間を分割するという意識はなかったのである。
 若い頃に感じていた、
――時間がない――
 という思いは、焦りの気持ちから感じるものだということに気付いていなかった。焦りが気持ちの中に余裕を持たせないという発想であるにも関わらず、若い頃に本をあまり読まなかったことが、気持ちに余裕を持てない証拠だったということに、やっと今になって気が付いたのだ。
 若い頃に何かを残したわけでもないのに、今の方が時間が経つのをあっという間に感じるというのが不思議だった。
 今から思えば若い頃の自分が、本当に何もなかったことに気付かされるのに、時間だけが長く感じるというのは、何かしたいことがあって、それを達成できなかったことへの後悔ではないかと思っていた。
 しかし、それは間違いで、
――今だって、やろうと思えばできないことはない――
 何を目指しているかというのも、別にハッキリとしているわけではない。どちらかというと、若い頃から、その日が無事に済めばいいという程度の毎日しか過ごしていなかったはずだ。
――いや、どこかで目標を失って、目標を持っていたということすら、忘れてしまっていたのかも知れない――
 と、感じるようになっていた。
 悟が何に目標を持っていたのかというと、漠然としたものしか持っていなかった。
――何かを作ることが好きな俺は、創作意欲だけはあった――
 と思っていたが、何を創作しようかというところまでは煮詰まっておらず、気が付けば、年齢だけを重ねてきた。
 しかし、その途中で一度、その気持ちをリセットした時があったような気がした。創作意欲がいつの間にかなくなっていたというのは、間違いに思えて仕方がないからだ。もし、そんな時期があったとすれば、考えられるとすれば、恋愛から結婚、そして離婚に繋がるまでの時期だったような気がする。
 今から思い出そうとすると、その頃のことを思い出すことはできない。できないというよりも、子供の頃のことの方がまだハッキリと思い出せるのではないかと思うほど、時系列の中では、一番遠いところにある記憶だった。
――決して、後悔なんかしていない――
 その頃のことを思い出そうとする時のキーワードはこの思いだった。そう思わないと、思い出した記憶の中から、戻ってこれないような気がしたからだ。
――昔の記憶の時系列が曖昧なのは、その記憶の中に後悔の念が含まれているからではないか――
 と思うようになっていたが、過去の記憶の中から戻ってこれないほどの後悔の念がどれほどのものなのか、悟は想像を巡らせていた。
 喫茶店に一人で立ち寄るようになったのは、本を読むようになってからだ。それまでは、仕事での待ちあわせなどでもない限り、立ち寄ることはなかった。一人で喫茶店に入ることに抵抗がないと感じたのは、一人で立ち寄った時からだったのだが、意識としては、元々抵抗がなかったという思いが、ずっと渦巻いている。
 恋愛期間中は、元嫁と待ちあわせることが多く、自分が待つこともあれば、彼女が待っていてくれることもあった。回数からすれば半々くらいだっただろうか、その比率が悟の中で彼女と結婚を決意させた一つのきっかけになったというのも面白いことだった。
 喫茶店では他愛もない話ばかりしていたが、他愛もない話が面白い時期というのも貴重なものだ。
「他愛もない会話が楽しいと思える時期が、人生の中でほんの短い有頂天になれる期間なのかも知れないわね」
 と、まだ交際期間中で、結婚についての話もしていない頃に彼女が言った言葉だった。彼女との思い出はほどんどなかったが、この言葉だけはなぜか頭に残っている。
――束の間の幸せな期間というのは、忘れることのできない言葉を聞いた時期なのかも知れないな――
 と、悟は感じていた。
 悟は、自分がかつて頭の中をリセットしたいと思った時期があったのを思い出した時、それが元嫁と過ごした期間のどこかだったことに気がついた。最近までそのことを忘れていたのは、その時期が自分にとって、今までの中で一番架空に近い時間を過ごした時期だったということを意識していたからだろう。
――四十歳を超えて、本を片手に喫茶店で時間を過ごす――
 リセットした頭の中で、最初に考えたことだったのではないかと今から思えば感じている。喫茶店での余裕を感じさせる時間と空間を感じた時、新鮮な思いと、懐かしさを感じたのは、まさしくデジャブだった。悟にとって頭の中のリセットがやっと火の目を見る時がきたのは、この時だったのだ。
――なるほど、時間があっという間に過ぎたと思うのも無理のないことだ――
 と感じた。
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次