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時空を超えた探し物

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――ひょっとすると、同じ日を繰り返すという思いを、近い将来するのではないかと思っていたのかも知れない――
 と、感じるようになった。
 自分が気に入ったことを繰り返すようになったのが、決して時間の無駄ではないということに気づいたからではないだろうか。そう思うと、
――タイミング的に、その時だったのはなぜなんだろう?
 という思いを残すことになったが、最初から予期していたと思うと、その日だけだったことが今さらながらによかったと思えてならなかった。
 もし、二日以上続いていれば、自分の中で、
――もう抜けることはできないんだ――
 と感じてしまい、本当に入り込んではいけない世界の扉を開いてしまったと思い込んでしまうことだろう。開けてはいけない
――パンドラの匣を開けてしまった――
 という後悔してもすでに遅い状態に陥ると、誰かが入ってくるまで抜けられない苦しみを味わうことになってしまう。
――由香は、ひょっとすると、その世界にいたのではないだろうか?
 という思いに駆られた。
 つまりは、由香というクモが張り巡らせた糸による罠に嵌ってしまいかけた悟は、寸でのところで罠から抜け出すことができたのではないかという思いであった。
――じゃあ、由香というクモはどうなったんだろう?
 どうもなったわけではない。
 最初からそんな女は存在したわけではない。元々、同じ世界を繰り返している中にいた由香は、誰かが来てくれるまで自分が抜けられないことを悟り、自分から動かなければ誰も入ってくるはずはないという結論を自らが作り出した。
 由香がこの世界に入り込んでしまった原因については、ある程度見当はついている。そこに気づいたことで、ここから抜けるには、誰かと入れ替わることしかできないと思うようになったのだ。
 あのバーを隠れ蓑にしていたのかも知れない。悟はそんな場所を自分の「隠れ家」だと思うようになったことで、由香の神経のアンテナに反応したに違いない。
――この人なら、自分の身代わりになってくれるかも知れない――
 という思いから、悟に近づいた。
 しかし、悟が自分の身代わりにはならないということに気が付いたのだろう。その思いから、急に態度が冷めてしまったのだ。
 ただ、由香はもう少し悟と話をしたり、考え方を聞くべきだったのだ。
 悟も由香と同じように同じ日を繰り返す状況に陥ったのに、一日だけで抜けてしまった。考え方が由香とは違ったからだろう。元々悟に同じ日を繰り返すという感覚はなかったので、話をしても、由香が直接聞きだしたいことを聞き出せることはないだろうが、少なくとも悟を自分の身代わりにすることよりも、難しくはないはずだった。
 由香がこの後どうなったのか?
 悟は思い返すことはなくなったが、映画を見ていてもう一人の誰かを感じた時、由香のことを思い出している自分を感じていた。
 由香が、さつきと知り合いだということまでは知らなかったが、由香が自分以外に誰かを求めていたのは女性だということだけは分かっていた。ハッキリとした確証があったわけではないが、お互いを求めあったことは想像できる。
 由香の相手を想像することは難しいはずなのに、いやらしさはさほど感じない。いやらしさというよりも、芸術的なエロスを感じさせ、それが由香の魅力だったことを今さらながらに感じるのだった。
「あなたは、私の後ろに誰かがいるのを感じているの?」
 と、由香が言っていたのを思い出した。
――おかしなことを言う――
 とその時は感じたので、それについて回答は控えたが、由香自身も、答えが返ってくることはないと思っていたようだ。
 だが、その時悟はハッキリと分かった。
――由香の後ろには誰かがいて、それは女性なんだ――
 という思いである。
 さつきという女性を、悟は知らない。しかし、さつきの演じる充希のことは誰よりも知っているのではないかと思っている。さつきという女性の現実世界に悟が入り込む余地はないだろうが、充希という女性を自分のものにするくらいのことはできるのではないかと思うようになった。
 充希が画面の外を意識していると感じたのは、それからしばらくしてからのことだった。最初はビデオを見ている他の人すべてを意識しているのではないかと思っていたが、悟自身が、
――自分が意識しているのは、充希だ――
 と考えるようになってから、充希の視線を感じているのは、自分だけなのだということを悟った気がした。
 充希が気になり始めてから、充希の後ろに由香を感じたのはどうしてなのだろう?
 由香はさつきを意識していて、充希を意識しているわけではないはずだ。さつきは、由香を気にかけていながら、避けていたのかも知れない。由香の抱えるその奥にある大きな闇に気が付いて、引き寄せられないようにしないといけないことを悟っていたのだろう。
 さつきが由香を避けることで、由香は、さつきの中にいる充希に照準を絞ったのかも知れない。しかし、悟は逆のことを考えていた。
――さつきの中に充希がいるのではなく、充希の中にさつきがいる――
 と思っていた。
 充希を見ていてその後ろに由香を感じたのは、充希しか見えていない今、さつきがどこかに隠れているからである。隠れるとすれば充希の中しかないではないか。そう思うと、由香が感じているであろう感覚と、悟との感覚は、平行線を辿ることになる。それは、由香と悟の間に、お互いに侵すことのできない強い結界があることを示していた。
――由香は死んでいるのかも知れない――
 と感じるようになったのは、その時からだった。
 ただ、由香が本当に死んだという意識は正直言ってない。
 以前から由香のことが意識から薄れるたびに、
――由香は、もうこの世の人間ではないのでは?
 と何度か思ったことがあったが、なぜかすぐに否定している自分がいた。
 気配を感じないことが、人の死を予感させるものであるのを否定はしないが、由香に関しては死んでしまったというよりも、違う世界に入り込んでいるイメージが強い。
 それが由香というクモの張り巡らせた糸をイメージさせるのかも知れない。ただ、由香が張り巡らせた糸の先にいるのはが自分だということを、今では感じることはなかった。その相手はやはりさつきなのではないだろうか? 充希が誰かを探しているというイメージは、見えているようでハッキリと見えない相手として、クモの糸を張り巡らせた由香ではないかと感じさせるのだった。
 由香がこの世の人間であったとしても、クモの糸を張り巡らせているのであれば、その狙いが誰であるのかが問題だった。すでに自分が違っていることは分かっている。あの時バーがなくなっていたことで、由香も悟と縁を切りたがっているということを察したからだ。あの時、悟が少しでも由香の気持ちに気づいていれば、少しは違ったかも知れない。彼女は冷めていたというよりも苦しんでいたのかも知れない。そう思うと、彼女が哀れに感じられた。
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次