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時空を超えた探し物

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 一日を繰り返すだけでも、時空に大きな歪みを生じさせるはずだ。それを敢えて行おうとするのだから、そこに共通性がないといけないと考えた。複数の共通性が存在してしまっては、歪みを元に戻そうとする力も複数存在しなければならない。歪みを知らずに毎日を過ごしている人に悟られることなく大きな力を発することはなかなか難しい。せめて一つの理由に集落されていない限り難しいだろう。
 しかし、一度歪んでしまった世界を元に戻すのは、歪みを生じさせたそれぞれの人に委ねられるのではないかと思う。歪みを生じさせた人は、歪ませる一方で修復させることにまで関知していない。そう思うと、おぼろげながら同じ日を繰り返した人には、元に戻ろうとする瞬間、自分を納得させられるだけの理由に繋がるヒントを、大なり小なり気づくように仕向けられているに違いない。
 その時気づいたのは、
――由香はもうこの世にはいないのではないか――
 という発想だった。
 何かの虫の知らせのようなものがあったはずだが、それを思い出すことはできない。そう考えていると、もう一つ発展した考えも生まれてきた。
――由香という女性自身、存在していないのかも知れない――
 同じ日を繰り返していると思った翌日、当日存在していなかったはずのバーがまた現れて、何事もなかったかのように営業していたが、何も前と変わっていないという確信にホッとしかかっていた瞬間、マスターからの由香という女性の存在を否定しているかのような発言に、最初は戸惑いを覚え、驚愕したものだが、なぜか落ち着いて考えると、悟の頭の中にも存在していたはずの由香が消えていくのを感じた。
 それはかき消されるとい乱暴なものではなく、スーッと音もなく、誰にも気づかれないように消えていく記憶を感じるのは、心地よいものでもあった。
 だが、その時に消えてしまったはずの由香の存在が、今、ビデオを見ている中で、おぼろげに感じられるようになってくると、それまで忘れかけていたバーの中での意識がよみがえってきた。
 バーの中で、同じ日を繰り返していたという意識と、その日の証明として、数分前にもう一人の自分が存在していたということで、同じ日を繰り返す根拠のようになっていた。
 それぞれは単独では存在しえないだろう。しかし、副作用というべき数分前の自分の存在に、どれほどの人が気づいただろう。
 いや、その日の証明を頭の中で抱いている人はたくさんいるとしても、それがどのようなものなのか、頭の中に描くことは難しいに違いない。悟にとって由香は、この世に存在していない人だと考えると、由香が数分前の自分とかかわっていたと考えるのも無理なことではない。
 同じ日を繰り返している時だけしか感じることのできない数分前を歩いている自分、もっとも、そんな自分の存在は頭の中で、同じ日を繰り返しているという事実を裏付けるものであり、自分一人の妄想ではないことを証明するために、意識させるだけの相手が、由香という存在だったのであろう。
 ビデオを見ながら、バーのことを思い出していると、それに付随している感覚も一緒に思い出される。ただし、それはあくまでも妄想の世界だけのことで、見えているものは虚空でしかないのだ。さつきの中にもう一人いる女が由香であり、由香がさつきとどのような関係なのか、まったく知り由もないはずだが、悟は二人の関係がどのようなものであっても不思議ではないと思っているに違いない。
 虚空というものは、果てしないものだ。それは、夜空に煌く満天の星空を見ながら、今にも掴めそうで掴み取ることのできない世界を思わせた。
 果てしない距離のはずなのに、目の前に広がっているものを取れるのではないかという錯覚が、虚空を却って、果てしないものだと思わせる。逆効果を狙っているように見えるがそうではない。
 夜空に広がる星を掴み取ることなどできないことは、物心ついた子供でも分かることだ。それをわざわざ大人になって意識させるのは、
――この世に終わりのない果てしないと思えるものなど存在しない。もしそれを意識できるのだとすれば、それは堂々巡りを繰り返す発想にしかありえないことだ――
 という思いである。
 だからこそ、わざわざ次元の歪みを発生させるという大きなリスクを背負いながらも、同じ日を繰り返しているという意識を植え付けさせようとしているのかも知れない。
――他に方法はないんだろうか?
 と思わせるが、手っ取り早く相手に理解させることで、理解させられれば、そこから歪を戻すのは必至である。
 時間が経てば経つほど戻しにくくなるという発想は、冷静に考えると、思い浮かぶことであろう。
 虚空を掴み取るということは、堂々巡りを繰り返す中で、元に戻そうとする次元の歪みを、自らが意識しているという証拠である。

               第四章 探し物

 充希は映画の中で明らかに何かを探していた。それは、演技というわけではなく、さつきが充希を演じながら、自らが何かを探しているのだ。
 探しているものが、自分の普段から追い求めているものであるかどうか、さつき自身にも分からなかった。ただ、充希はさつきが演じているキャラクターであるが、何かを探し始めてからは、独立した一人の人間としても機能しているように思えてきた。
 それは他の誰かが感じていることではなく、充希だけが感じていることだった。
 だが、何度も何度も映像を見ているうちに、充希の考えていることが手に取るように分かってきた悟は、次第に映像を見直していくうちに、少しずつ前の記憶とは違う動きが感じられるようになってきた。
 最初は充希だけが不自然な動きをしているものだと思っていたが、不自然な動きはまわりが起こしているもので、全体が動いているという信じられない現象を認めたくないという思いから、充希一人が不自然な動きをしていると思っていたのだろう。むしろ充希の行動は自然であり、不自然さが取り巻く世界で浮いてしまっているのは、致し方のないことに違いない。
 では、自然な動きをしているはずの充希は、一体何を探しているというのだろう?
 まわり全体の不自然な動きに充希も最初は合わせようとしたに違いない。しかし、どこまで行っても掴むことのできない満天の星空に、充希は自分が合わせるしかないと思ったのだ。
――おや?
 充希がもう一人いるように感じた。
 ビデオが再生されるということは、同じ日を繰り返しているという感覚に似ている。ということは、数分前を歩いているもう一人の自分の存在を否定できない悟は、何度も繰り返して見ているビデオの中で、充希というキャラクターが増殖しているのではないかとさえ思うようになっていた。
 悟は、充希が増殖しているという感覚が嫌だった。それは、
――増殖することが気持ち悪いからだ――
 という感覚があるのも一つだが、それとは別に自分の中で許せない何かがあることに気づいていた。
 充希という女性を見ていると、充希が画面の向こうから何かを訴えてきているようにさえ思えてきた。それが一体何を意味しているのか、なかなか分かるものではなかった。
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次