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時空を超えた探し物

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 足取りが重たい時は、汗がズボンに絡みついて、足取りがおぼつかないものだと思っていたが、その日は足元がふらつくこともなく、前には進んでいる。
 目の前に見えている光景だけが、思ったよりも進んでいないことを示していた。
――上半身と下半身、バラバラになっているようだ――
 と感じたことで、想像以上に気だるさが身体に纏わりついている証拠だと思うのだった。
――この角を曲がれば、バーが見えてくる――
 いつものようにそう思っていた。
 ゆっくりと曲がると、悟は思わずそこで歩を止めることになった。
――えっ、一体どういうことなんだ?
 その日は、前の日を繰り返しているということを朝から意識していたが、時間が経つにつれて、
――やっぱりそんなことはに。明らかに昨日とは違う日だった――
 と思いながら会社を出た。
 それと同時に、数分先を歩いている自分の存在もいつの間にか意識することもなくなっていた。本当のことを言うと、
――数分前を歩いている自分の存在を感じなくなったその時から、同じ日を繰り返しているのではないかと思うような意識が頭の中から消えていた――
 と思った。
 同じ日を繰り返しているという意識が消えたのは一気に消えたわけではない。やはり頭の中で、
――そんな馬鹿なことがあってたまるか――
 という思いがあったからだろう。その意識が一日を過ごしているうちに強くなってくる。その時に感じたのが、
――普段から、よほど何の意識もなく、時間をやり過ごしていたんだろうな――
 という思いだった。
 道を曲がって見えてきた光景、それは自分が想像していた光景とはまったく違ったものだった。
 しかし、その光景は知らないものではない。むしろ懐かしいと思わせるものだった。
 まず最初に目が行ったのは、そこにあるはずのバーだった。
――どこに行っちゃったんだ?
 我が目を疑うとはまさにこのことだ。本当に夢を見ているのではないかと思ったほどだ。その時に、
――そういえば、今日は最初からおかしな日だった――
 ということを思い出した。朝から、
――同じ日を繰り返している――
 あるいは、
――数分前を、もう一人の自分が歩いている――
 などという発想だった。
 その思いは会社を出る時にはなくなっていたはずなのに、最初からのその思いが残っていれば、ここまで驚きはしなかっただろう。意表を突かれたとはこのことである。
 最初はバーがあった位置だけしか見ていなかった。もし最初からまわり全体を見渡す余裕があったのなら、その光景が懐かしさを含んでいることにすぐに気づいたのかも知れない。
 道はなぜか舗装されていなかった。このあたりは、確かにまだ開発が行われているわけではなく、空き地もいくつか点在していた、バーのマスターの話によれば、
「この辺りは、以前から曰くがある場所で、店を出せばすぐに瞑れたり、マンションを建てると、災害に見舞われたりして、不吉な場所だって言われていた時期があったんですよ。でも、二十年位前にお祓いをして、そんなこともなくなったんですが、どうしても不動産関係の会社は足踏みするんですよ、他で利益を出しているところは、わざわざこんなところに作って、足元を危うくさせたくないですからね。さらに零細企業は余計に嫌がりますよね。こんなところで心中したくないと思うんでしょうね」
「じゃあ、マスターはどうしてここで?」
「この店は、ずっと昔から営んでいて、常連の人もついてくれていて、それなりに繁盛はしています。ここは、前からある店には不幸は訪れないようなんですね」
 信憑性の有無については、どこまで信じられるか疑問だったが、言っていることは事実のようなので、本当のことのだろう。悟はこの場所には因縁のようなものがあることを、その時から感じていたのだ。
 悟は、実は子供の頃、このあたりでよく遊んでいた。今から思えば、その時にも、このバーの存在は知っていたように思うが、何しろ未成年では入れないところ、最初から意識していなかったのだ。
 そう思って、バーがなくなったという思いで、最初バーに集中していた目を、次第に広げていった。
 それがいけなかったのかも知れない。最初から全体を見渡していれば、そこが自分の知っている昔の記憶であるということに気づかなかっただろう。しかし、次第にあたりを見渡すうちに、目線が広がることで、あたりが今まで知っているエリアに比べて広がっているように思えた。そのことが大人の視線だったものを、子供の視線に引き戻していく。
――子供の頃に見た光景だ――
 またしても、信じられない思いだった。
 子供の頃と言っても、このあたりを根城にして遊んでいた頃の記憶だ。遊び心でしかっ見ていなかったので、あることは分かっていても、バーを意識などしていない。
 遊んでいるのは昼間で、バーは電気も消えていて、中から人の気配がしてくることもなかった。そのせいもあってか、建物に対しては、ほとんど意識することもなく、記憶もしていない。
 子供の頃の記憶は、曖昧なものだが、大人になってから見えると、二回りくらい、
――こんなに小さいエリアだったんだ――
 と思い知らされたものである。
 悟が最初に店を意識したため、視線が子供の視線に戻ってしまった。いや、視線だけではなく、意識も子供の頃に戻っていたのかも知れない。
 店がなくなっていることに、悟は混乱した。それは消えてしまったことに対するものではなく、
――ここに店がないという光景を見たことがないはずなのに、普通に懐かしさを感じるのはなぜなんだ?
 という思いに対してだった。
 この店が、最近の悟にとっては「隠れ家」であり、一番落ち着くスペースだったはずだ。そんな場所が跡形もなく消えているのである。それなのに、違和感よりも先に懐かしさを感じるということはどういうことなのか?
――まさか、自分の中で、最近の出来事をなかったことにしたかったなどという意識があったんではないだろうか?
 よもや容認できる話ではない。断固否定したくなる思いであった。
 しかし、なかったことにしたかったと思ってから、マスターや、由香の顔を思い出そうとすると、まったく思い出せなかった。記憶の奥から引っ張り出しているはずなのに、そこにあるのは、二人の存在という意識と、のっぺらぼうで顔が浮かんでこない不気味な表情だったのだ。
――やっぱり最初からなかったのだろうか?
 そんなことを考えていると、
――早く、こんな日は終わってほしい――
 と思った。
 だが、考えてみればこの日の始まりは、
――同じ日を繰り返している――
 という思いからだったはずだ。
 その思いは途中で消えてしまったが、本当に消えてしまったのかどうか疑問だった。なぜなら、その少し後に、店がなくなっているというセンセーショナルな展開を用意していて、同じ日を繰り返しているという発想が消えたことが、センセーショナルな展開に、さらに深みを持たせるという相乗効果をもたらすことになったのだ。それは結果論だと言われればそれまでかも知れないが、結果論であっても、煙くらいはあったはずだ。その煙の出所がどこなのか、それが問題ではないのかと思うのだった。
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次