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時空を超えた探し物

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 ある日、急に由香のことを思い出したことがあった。それは、冷めてしまった由香ではなく、自分が好きだった由香である。悟は、一人の人に対して、複数のイメージを抱くことは苦手だった。今の冷めてしまった由香をイメージしていると、自分が好きだった頃の由香を思い出そうとしても、無理だったのだ。
 しかし、その日は急に好きだった頃の由香を思い出した。どうして思い出したのか自分でも分からなかったが、その日が珍しく、暖かい日だったからなのかも知れない。
 蒸し暑さも感じられ、由香の姿を見て、清涼な気分にさせられたのを思い出した。暖かさは気持ちのいいものだけではないのかも知れないが、蒸し暑さで思い出す女がいるというのは新鮮な気がしたのだ。
「君の浴衣姿、一度見てみたいな」
 という話をしたような気がした。恥かしそうに俯いていた由香が印象的だったが、
「私、浴衣って着たことないんです」
 と言っていた。
 ただ、その時の表情は寂しそうだった。
――浴衣を着せてあげたい――
 と思ったのも事実で、ひょっとすると、由香に対して一番好きだったのは、ちょうどこの頃だったのではないだろうか。
 由香という女性が自分にどういう影響を与えたのかを考えると、基本は自分中心にしか考えられなかった。年齢的にもかなりの年下だということもあって、まるで娘のようなイメージが頭の中にあったのかも知れない。
――知れない?
 娘のような存在だと言い切れない自分の中に、由香を女性として見ているもう一人の自分がいることに気づかされた。最初か分かっていたのだろうが、これこそ、どうやって自分を納得させればいいのか困っていた。
 由香に対して、本当はずっと好感を持っていたことに変わりはないが、それが本当の愛情だったのかどうか、自分でも分からなかった。
――愛情なら、そんなに簡単に冷めたりするものだろうか?
 と感じる。
 しかし、自分の中で恋愛感情を抱いたことを許せない気持ちになっているとすれば、冷めた気持ちになったのは、自分への戒めのようなものだと考えれば納得もいく。
 本来なら、冷めてしまったというだけなら、気まずい雰囲気になったというだけで、隠れ家にまでしようとしていた店に顔を出さないようにするというのは徹底している。由香のパターンは分かっているはずなのだから、自分から少しタイミングを外せば、会うことはないとも言えるだろう。
 しかし、それをしなかったのは、
――由香の方でも同じことを考えていたとすれば、結局同じだ――
 いや、同じではない。さらに由香と自分の関わりを考えてしまい、因縁を意識しなければいけなくなってしまうことだろう。
 そう思うと、安易にパターンを変えるということがどれほどリスクの大きなことだということを思い知らされることになるのが怖いのだ。
 その日は、一日の始まりから変な気分がした。
――まるで同じ日を繰り返しているかのようだ――
 と、ある瞬間に気がついた。
 それまで同じ日を繰り返しているなどという感覚はまったくなかったのに、一体どうしたということなのか? しかも、それがどの瞬間だったのか、過ぎ去った後になって思い出そうとすると分からなかった。そういうことは一瞬で理解しないと、気が付かないことのようだった。
 朝起きて、目が覚めるまでに最初気が付いていたような気がしたが、その時は、
――そんな馬鹿なことあるはずない――
 と打ち消していた。
 目も覚めていない曖昧な状態であるにも関わらず、そんなにハッキリと馬鹿なことだという意識を持っていたのに、目が覚めていて、意識がしっかりしているはずなのに、夢のようなことでも、ありえなくはないと思うのはどういうことなのだろうか?
――きっと、目が覚めている時の方が、たくさん余計なことを考えるからなのかも知れない――
 と思った。
 夢うつつの時の方が、夢に近いのだから、何が夢で、何が現実なのか、その瞬間は一番分かっているのかも知れない。そう思わせないのは、目が覚める前というのは、意識がハッキリとしてからでは思い出せないからだ。きっと、一人の人間の中にもたくさんの結界のようなものが存在しているものなのだろう。
 同じ日を繰り返しているなどと、常識で考えればありえることではない。しかし、小説のネタなどには結構使われているのではないかと思っている。確かに小説のネタとしては面白い題材だが、それだけではないだろう。ひょっとして、本当に同じ日を繰り返していると感じた人が小説で使ってから、それまで、
――そんなことはありえない――
 というのが定説のようになっていた人たちに、一つの警鐘を鳴らしているのではないだろうか。
 同じ日を繰り返しているという感覚を抱いた時、もう一つ不思議なことを悟は感じた。それは、
――数分ほど、自分よりも先を歩いている自分がいるように思える――
 ということだった。
 その人が自分よりも先にいることで、自分が他の人に対して初めて会ったとしても、
「あれ、戻ってきたの?」
 だったり、新しい話をしているつもりで話をしていても、
「何言ってるんだよ。それさっき話したじゃないか」
 と言われて、ビックリさせられる。
 最初は頭が混乱していたが、よく考えてみると、自分よりも少し前に、もう一人の自分がいるということを考えると、おかしいながらに辻褄は合ってくる。
――一体、どういうことなんだ?
 と思っているうちに、この思いが初めてではないような気がしていた。ただ、前に同じような経験をしたわけではない。ごく近い過去に、同じような思いをしたということだった。
――そうか、同じ日を繰り返しているんだ――
 自分の前に同じ自分がいるということに気が付くことで、同じ日を繰り返しているという前に感じた発想が裏付けられるなど、想像もしていなかった。
 この話も、SF小説などではお目にかかったことがあるような気がしていた。しかし、この二つはまったく違ったお話の中でテーマとして独立したお話になっていた。しかし、今回感じたものは、この二つの発想の原点が、同じところにあるということを示していることを証明していた。
――今日は、自分が考えているよりも、もっとおかしなことが起こる可能性があるかも知れないな――
 と感じ、これから後、どんなことが起こるのか、興味深く冷静に見守っていくことにした。
 それはどんなことが起こっても、平然とまではしていられないとしても、余計な神経をすり減らすようなことのないようにする、覚悟のようなものだった。
 そんなことを考えているといつの間にか日は暮れかかっていて、仕事が終わる時間を迎えていた。
 悟はいつものように会社を出たが、暖かかった昼間が、まだその余韻を残しているかのように、夕日は、身体に気だるさをもたらしているようだった。背中には仄かに汗が滲み、疲れがこみ上げてきているはずなのに、足取りは思ったよりも軽かった。
――まるで下半身が自分の身体じゃないようだ――
 足がもつれそうになるのを感じながら、自分が感じているよりもあまり進んでいないのは、風もないのに空気の抵抗を感じるということで、
――空気が重たい空間というのって本当にあるんだ――
 と感じた。
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次