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時空を超えた探し物

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 そんな思いを抱きながら、悟は毎日を過ごしていると、もう一つ大切なことに気が付いた。いや、気が付いたというよりも忘れていたといった方がいいかも知れない。意識はしていても、認めたくないという思いがあるからなのではないだろうか。それは年齢に対しての感覚であり、二十代の頃までは意識しなかったが、年を重ねるごとに、妄想や冷めてしまうような出来事に対しての思いが、次第に億劫な気分になってきていることである。
 要するに、考えることが億劫になってきた。そして、今まではそれが本能からくるものなのか、それとも意識しての発想なのかを切り分けできていたはずなのに、年を取るとできなくなる。そう思っていたが、実際には切り分けできているつもりでできていなかったことを自覚するようになったのかも知れない。
 最初は億劫になってきたのは、店の雰囲気に対してだと思っていたが、実は店の雰囲気に対してではなく、由香に対してだった。
 途中から、由香の様子が少しずつ変わってきて、それも分かっていたのだが、あまり気にはしていなかった。しかし、どこが変わってきたのかということが分かってくると、今度はハッキリと、自分が由香を避け始めていることに気が付いた。やっとその時になって自分が店に行くのを億劫に感じていると思えてきた。店に対して億劫だと思うと、そこから先は、由香への思いがどうでもいいことのように思えてきたのだ。
 由香に限らず、女性に対して億劫だと思い始めると、男性に対して億劫に感じるよりも、かなり神経を使う。
 人にもよるのだろうが、相手になるべく悟られたくないと思う時もあれば、逆に相手にわざと悟らせようとする時もある。由香に対しては後者であり、一見、後者の方が気が楽に感じるが、自分がある意味悪役を演じなければ、中途半端になってしまい、それが最後はお互いを気まずい思いにさせてしまうことで、お互いに後悔が残ってしまう。そうなると、もう二度と店に顔を出すこともできないし、完全に店のことや由香のことを頭の中から消し去ってしまわなければいけないという思いに駆られることが分かっていた。
 悟は、どうしていいのか最初分からなかったが、最終的に店に行かないという方法を選んだ。
 顔を見ても話すことができないと思ったからで、それに、
――時間が解決してくれる――
 という思いもあって、しばらくほとぼりが冷めるまで、店に行かなければそれでいいと思っていたのだ。
 悟は、その期間を三か月くらいのものだと思っていた。
 その店は、悟の通勤路の途中にあるので、下手をすれば、見つかってしまうかも知れないと思いながらも、通勤路を変える気にはならなかった。そこまでしてしまうと、自分が負けてしまうと思ったからだ。その一線が、悟にとってもギリギリの境界線だったに違いない。
 もし、自分が定めた三か月の間に、店の前を通って誰かに出会っても、それはそれで気にしなければいいと思っていた。
「やあ、久しぶり」
 と気軽に声を掛ければそれでいいだけだ。別に気まずいわけではない。
 そんなことを想いながら、時は刻々と過ぎていった。
 最初の一か月は、なかなか過ぎてくれなかったが、二か月目に入ると結構早かった。一か月の刻みに関しては気にしていないつもりだったが、ちょうど一か月経った頃から、気持ちの上で時間が早く感じられた事実から、一か月の単位を意識するようになっていた。
 二か月目からは、もう店を意識することもなかった。それは店に通い始めるようになるまでにもなかった意識だった。元々お店は以前から気になっていて、いつ入るかというのは、時間の問題だったように思えたからだ。
――もし、今由香と会ったとしても、あまり気にならないかも知れないな――
 それは、自分が熱しやすく冷めやすいからで、由香の方はどうだろう? もし、由香の自意識が過剰であったとすれば、自分を見た時、どう思うだろう?
 諦めていたとすれば、
「何を今さら。顔も見たくなかったのに」
 と、神経を逆撫でするかも知れない。神経を逆撫でしないとしても、嫌な気分にさせることは必至で、今までの悟であれば、
――そんなのは僕には関係ない――
 と思っていたはずなのに、気まずさを感じてしまうと、そう簡単に無視もできないだろう。
 幸い、一か月経つまでに由香に会うことはなかった。二か月目以降会ってしまうと、きっと神経を逆撫でするのは必至だと思っていたので、この道を通るかどうか迷ったが、結局、道を変えることはしなかった。
――今までこの道を歩いていて出会わなかったということは、道を変えると途端に出会う可能性が高くなるかも知れない――
 と思った。
 そうなれば、目も当てられない。後悔してもし足りないだろう。プロ野球の投手が、自分の得意な玉以外で勝負して、ホームランを打たれた時の気分と同じではないかと思うのだった。
 道を変えないことで、何とか予定の三か月までカウントダウンに入った。
――もうこの店で由香に会うことはないだろう――
 という信憑性などあるはずのない思いをかなりの確率で信じていたのだ。
 由香とそれまで話したことを思い出そうとするが、思い出すことはできなかった。その時の由香の表情はおろか、由香がどんな顔をしていたのかすら思い出せない。ただ、どんな表情をする女なのかということだけは覚えている。記憶装置の曖昧さはどのようなものなのかということも分かったつもりになっていた。
 由香を思い出そうとして思い出せないのと同じで、バーの雰囲気も忘れかけていた。
――他のバーとは明らかに違うところがあり、それが気に入っていたのに――
 ということまでは思い出せるが、それがどのように違っているのかということまでは思い出せない。
 一つのことが思い出せないと、そのことに関連するすべてのことに影響してきているようだ。しかし、逆に言えば、一つ何かを思い出すことで、連鎖するように他のことまでも思い出せるのではないかと思うのも事実だった、
 由香のイメージが思い出せないでいると、いつの間にか、自分が不安に感じるようになったのを思い出した。
――一体何に不安なんだろう?
 自分に直接関係のないことのように思えるが、この不安は一体なんだろう? 関係ないと思っていることで、ここまで不安がこみ上げてくるのは初めてだった。直接関係のないことだけに不安がこみ上げてくる理由が分からない。この矛盾が悟の中で、由香に対して冷めてきた原因なのかも知れないと思った。
 ということは、不安の対象は由香ということになるが、それだけではないようだった。由香とバーは、ある意味悟にとっては一蓮托生のイメージがあった。
 由香に冷めてきた悟は、それまで隠れ家として、自分一人のものだと思っていたバーだったはずなのに、由香に対して冷めてしまった自分が少し距離を置こうと思ったことでバーに行かなくなることに違和感を感じることはなかった。まるでバーが彼女の部屋であるかのように感じられ、今から思えば、バーの至るところに由香の思い出がしみついていたように感じられたのだ。
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次