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時空を超えた探し物

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 と自分に言い聞かせるくらいで、ひょっとすると、彼女の方も同じように思っているのではないかと思った。だが、それが間違いであることはすぐに分かるのだが、その前に由香という女性を見ていて、
――どこか影が薄い――
 と、結構早い段階で気づいていた。
 早い段階というのが、どういう意味で早いのかというのは、その時に感じたわけではない。しかし、後になって思うと、決して早い段階だとは思わなかった。それなのに、なぜ早い段階だと思ったのか、それは、彼女が急に自分の前から姿を消してしまったことにその理由があるのだと思ったからだ。
 影が薄い人というのは、今までにたくさん見てきたつもりだ。何よりも自分が一番その影が薄い人間だと思ったことが何度もある。しかし、それも後になってから気づくことであって、その時には、なかなか気づくものではなかった。
 由香と会わなくなったのは、一度周期がずれてしまったからだと思っていた。少なくとも、悟は周期を変えたつもりもなかった。では、周期を変えたのは、由香だということになるのだろうか?
 悟は、由香の挙動をマスターに聞いてみようと何度も思ったが、実際に訊ねてみることはしなかった。聞けばすぐに分かることなのだろうが、なぜか怖い気がした。
――今は周期が合っていないだけで、すぐに会えるさーー
 という安易な気持ちだったのだ。
 しかし、
――どうして、あの時に確認しておかなかったのだろう?
 と思った。
 確認しておけば、もう少し早い段階で由香を探すこともできたはずだ。どうしてそれをしなかったのかというと、怖いという気持ちよりも、自分の気持ちが確立していないことが分かっていたからだ。
 もし、由香のことを訊ねて、
「由香ちゃんはあれから来なくなったよ」
 と言われると、どう感じるであろう?
――僕が来るようになったから、彼女は来なくなった――
 という思いを一番最初に思い浮かべる。
 さらには、自分が原因でないとしたら、彼女の方の都合がこの店に来させることを許さないのかも知れない。その理由とは、悟とはまったく関係のないもので、関わることは許されないだろう。そう思うと、彼女の存在が距離だけではなく、遠ざかっていくのを感じてしまう。
 由香も、そのことを悟られたくなかったに違いない。何も言わずに来なくなったのは、その小見が強いからだろう。
――僕だったら、そう思うだろうな――
 悟は、これが自分の勝手な妄想であることに、最初は気づかなかった。ただ、余計なことを考えるのは。まるで自分の首を絞めているようで嫌だと思っていたはずなのに、我に返ると、ハッとしてしまう。いつの間にか、由香のことを考えてしまっている自分がいるからだ。
 悟は、次第にその店から遠ざかるようになった。
――まるで僕にとってこの店は、陽炎か蜃気楼のような店だったんだ――
 隠れ家という意識とは違い、虚空の世界に存在している店であり。そこにいた人たちは皆虚空の世界の人たちである。
 その時頭の中で感じたのは、なぜか慣性の法則だった。
 走っている電車の中に乗っている時にジャンプしたとする。その時の着地地点は、表とは関係のないところで決着し、電車の中の同じ位置に戻ってくる。それが慣性の法則だ。つまりは、自分が見えていて、意識している空間は、誰にも邪魔されない世界であるということだ。隠れ家であってほしいと思っているのは、その時の電車の中のように、表をまったく意識することなく、中の世界だけの時間が支配している空間を、持ち続けたいという思いだったからに違いない。
 さらに、以前読んだ小説で、ずっと馴染みにしていたはずの店が、急に翌日になると消えていたという内容のものを見たことがあった。まったく同じ街並みのはずなのに、時間が違うだけで、まったく違った空間に入り込んでしまったと主人公は感じていた。
 それは、自分がおかしくなったという思いを心の片隅に残しながら、それを認めたくないという葛藤から、空間の違いを時間のせいにしていたのではないだろうか。
 その小説を思い出すと、自分があれだけ馴染みにしていたバーに行かなくなったという心境の変化も、時間のせいにしてしまおうと思っていることに気が付いた。どんなに辛いことでも、
「時間が解決してくれる」
 という一言で納得できてしまう自分が怖いくらいで、逆に、
――熱しやすく冷めやすい――
 という性格に繋がることで、
――どんなに好きな人がいたとしても、半永久的に好きでいることは難しい――
 と、考えるようになっていた。
 二十歳代の頃までは、熱し始めれば、留まるところを知らないとばかりに、好きになった人のことが少しでも冷めてくるなどありえないと思っていた。だが、三十五歳を過ぎた頃から、いつの間にか自分の考えが変わっていて、
――熱しやすく冷めやすい――
 という性格が自分の性格であるということが、ハッキリと自覚できるようになっていたのだ。
 そんな悟が、バーに行かなくなったのは、由香を想っている自分の気持ちに翳りが見え始めたことが分かったからだ。
――一緒にいるだけで、何となく億劫な気がする――
 由香は決してお喋りな方ではない。どちらかというと無口で、相手が何かを言わないと、自分から話題を出してくる方ではなかった。いつも悟から話題を出すのも、最初の頃は楽しかったが、そのうちに話題も尽きてくる。そうなると、自分ばかりが話題を出していることに何か納得のいかないものを感じていた。
 いきなり我に返ることは、悟には珍しいことではなかった。我に返ると、それまでの自分を他人事のように思えてくる。
――悪いくせなんだろうか?
 と感じていたが、そのことを感じ始めると、もういけない。相手と一緒にいることが億劫に感じられるようになる。
 理由なんて存在しない。悟がそう感じることが肝心なのだ。億劫だと思ってしまうと、身体中に気だるさを感じ、本能的に避けようとする自分に気が付くようになってきた。
 あれだけ足しげく通っていたバーのことが気にならなくなってくる。それまでは、毎日の生活の中で、心の奥に店のことがくすぶっていた。仕事中であれば、
――早く仕事を終わらせて、店に行きたい――
 と思っているし、寝る前も、
――今日もあの店の夢を見るかも知れないな――
 夢の内容を覚えているわけではないが、夢で店のことを見たと思い込んでいる。
 店から帰ってきて、部屋に入ると、店での出来事を思い出すが、頭の片隅にいつもくすぶっているほど、楽しかったというイメージはない。ただ、理想が高いため、いずれ近い将来、理想に近い夢のような時間を過ごせると思い込んでいるのだ。これも、具体的にイメージしているわけではなく、ワクワクしている気持ちの中で、
――次こそは――
 と、思わせることで、妄想が広がるのだった。
 逆に、妄想できなければ、一気に冷めてしまうのも分かっていて、それだけに、妄想というのは、一種の「諸刃の剣」のようなものだった。
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次