時空を超えた探し物
悟は、ビデオを穴が開くほど見たこともあって、現実世界とビデオの中の世界とを混同しているふしがある。混乱が昂じて混同となり、夢の世界と現実の世界すらも分からなくなっているのかも知れない。しかし、それはあくまでもビデオを見ている間、画面を消してから、部屋で一人佇んでいる時、何かを感じるということが最近はなくなっていた。しかし、それでもテレビもつけず、何も考えることもない時間を自分の部屋で過ごすことだけは日課になっていた。
だからどうなるというわけではないが、その時間が貴重だということは意識していた。自分を納得させることも理解もできないが、それでも必要な時間というのは存在するものだという思いに駆られていた。
ビデオを見る前に一人で何もせずに佇んでいる時は感じないものが、ビデオを見た後であれば、一人でいる時に感じるものがある。それは人の気配に似たものであるが、誰かがいるというものではない。どちらかというと、誰かに見られているという意識はあるのに、人の気配を感じないという意味で、まるで彷徨っている幽霊に見つめられているようなイメージと言っていいだろう。
元々、悟は霊感の強い方だった。
団体旅行の時には、必ず何かを霊を意識してしまう。最初に感じたのは、高校の時の修学旅行だった。中学の時には何も感じなかったのに、高校の修学旅行では、明らかに感じられた。
五、六人が一部屋に寝泊まりする修学旅行。団体での行動はあまり好きではなかった悟は、部屋の中でも浮いた存在だった。自分は寝ようと思っているのに、まわりは話をしていて集中して眠れない。
「いい加減に寝ようよ」
と、途中で痺れを切らせて声を掛けたので、
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
と、その部屋のリーダーが声を掛けると、
「そうだな」
と電気を消して、眠りに就く。
しかし、実際には、ひそひそ声で話が聞こえてきて、
――これじゃあ、却って気になって眠れやしない――
と思わせた。それでもある程度の時間になると。声は止んで、皆眠りに就く。だが、悟だけは、気が立っているいるのか眠れない。まわりに掛けてもらった梯子に昇って、昇り終ると、すぐに梯子を外されて、置き去りにされてしまったような感覚だ。そんな状態では、まわりに人がいても、一人でいるよりも却って恐怖を煽られているようだ。そんな時に、幽霊が出たような気がして、怖くて確かめることもできず、布団の中でずっと震えていて、気が付けば朝になっていた。さすがに途中で眠くなったのか、寝てしまったようだが、朝になると、夜中の気配が本当に幽霊だったのかどうか、分からない。しかし、一度だけなら、
――気のせいだ――
で終わらせることができるが、それから団体旅行のたびに似たようなことが起こるのだから、気のせいで済ませることはできない。一度気になってしまうと、ずっと気になるものなので、あまり意識する必要はないのではないかと思ったが、それにしては、確率的にかなり出現率は高かったのだ。
そんなことを思い出していると、ビデオを見る目がおろそかになっていたよううだ。いつの間にか、ストーリーは進展していて、かなり先のシーンに変わっていた。
そのまま見ていると、
――あれ?
と思うところまで来ていた。
幽霊の存在を感じたからだと最初は思ったが、まだ夢を見ているのかと感じた。なぜなら、映像は自分の知らない展開を見せていたからだ。
違うビデオを見ているわけではない。確かに登場人物は同じで、俳優も同じだった。撮影現場も同じ病院やまわりの街並みで、現場が変わっているわけではない。
ストーリーを見ていると、どうやら、中途半端に終わっていた内容の先のように思えた。充希は今まで通りの充希だったが、やはり二重人格だと感じた時も雰囲気があった。
――一体誰なんだろう?
と思うが、よく見ていると、
――以前から知ってる人ではないか?
と思えてくるから不思議だった。
そういえば、悟は最近一人の女性と知り合った。彼女は、年齢的にはまだ二十歳くらいで、おとなしそうな雰囲気の女の子で、好感が持てた。知り合ったのは、最近馴染みになったバーで、マスターと話すようになってから少ししてのことだった。
マスターが言うには、
「彼女も最近常連になった人で、ちょうどあなたと同じ頃から来はじめるようになったと思いますよ。確か一緒になったことはなかったですね。ニアミスみたいな時はあったと思いますが、本当に微妙なところでの行き違いもあったかも知れませんね」
と話していた。
「こんばんは」
最初に声を掛けてきたのは彼女の方からだった。
「こんばんは」
悟は返事をするのがやっとだったので、戸惑いは誰が見ても分かったかも知れない。そんな悟に助け船を出してくれたのが、マスターだった。
「こちらは、常連の悟さん。あなたと同じ頃に常連になったんですよ」
と、彼女に紹介してくれた。
「どうも」
と、簡単な挨拶だったが、笑顔が印象的で、あまり人見知りするタイプではないように思えた。
「こちらは由香さん。いつもカウンターの奥に座られていますよ」
と紹介してくれた。悟も同じように挨拶をしたが、何がおかしいのか、由香はさらに顔を崩して、ニコニコしている。
「私、このお店が好きなんです。前に一度お友達と来たことがあって、それ以来一人で来るようになったんですが、マスターは、私が最初に来た時のことを覚えていないっていうんですよ」
「それは申し訳ない。でも、きっとお友達と来られた時の由香さんと、一人で来られるようになった由香さんでは、雰囲気が違っているんでしょうね。そうでなければ、商売柄、そう簡単に人のことを覚えていないということもないような気がします」
とマスターがいうと、
「ということは、僕も誰かと一緒に来ることがあれば、きっと違った雰囲気なんでしょうね?」
と悟がいうと、
「そうだと思いますよ。一人でいると分からないことも、誰かと一緒に来られた時に分かる性格もありますからね」
と言われたが、
「でも、他の人と一緒に来ることはないと思います。少なくとも、ここは僕の『隠れ家』のような場所だって思っていますからね」
隠れ家という言葉は好きで、以前から使ってみたかった。そういう意味では、このバーはうってつけだったのだ。
彼女とは何度か、そのバーd会っていた。それまでは、二人とも同じような周期でやってくる常連客のくせに、一度も出会ったことがなかったのに、一度出会ってしまうと、約束をしているわけではないのに、毎回出会うようになった。
それは、二人の出現周期が同じだからだということは、マスターに聞かされていたが、こうやって出会うようになると、その言葉の信憑性がやっと分かってきた。
悟は一度もこの店に他の人を連れてきたことがない。この店を、
――隠れ家だ――
と思っているからで、一度そう思ってしまうと、この店が、俗世間と離れた夢の世界のようにさえ思えてきた。そんな店で知り合った女性はまるで女神のようで、どこか他の人と雰囲気が違っていることも、ポジティブにしか考えられなかった。
――彼女には孤独という言葉は似合わないんだ――