時空を超えた探し物
――マイナーのチームに所属する選手は、どれほどの名選手であっても、マイナークラスにしか見られない――
という発想だった。
本来なら監督から、
「素人じゃあるまいし」
と言われるということは、プロだということを認められていると考えればいいのだろうが、怒られてしまうと、どうしてもネガティブな方向にしか考えられないというのも、人間の性と言えるのではないだろうか。
さつきには、言われていることの意味は頭の中では分かっているつもりだったが、どうしても怒られてしまうと、ネガティブになるという壁を超えることができなかった。監督の考えでは、その壁を超えることが、ワンステップ上に進む道だと考えているのだろうが、なかなか相手に伝わらない。監督という仕事はそういう意味では、
――因果な商売――
なのかも知れない。
だが、今回はストーリーが進んでいくうちに、どうしてもカメラが気になって仕方がない部分に差し掛かった。
――なぜなのか、カメラを意識してしまう――
と思いながら、カメラを見ている傍ら、意識は監督に向かっている。
――怒っているだろうな――
と思っていると、案の定、監督の痛いくらいの視線を感じてしまった。
何お言わずにこちらを見ている監督の目は、厳しく感じられた。いつ怒鳴られるか分からないという恐怖心もあったが、ひょっとすると、カメラを凝視して離れないのは、監督の目のせいかも知れないと思うと、何とも皮肉な感じがした。
「カットッ」
その日最初の監督の声が聞こえる。その後がOKなのかどうなのかで、その日一日が決まってくる。そう思うと、いやが上にも握った手に力が入るというものだった。
「OK」
ホッとした気持ちで新たなシーンを迎える。一度OKをもらえると、精神的にはかなり楽になる。その日一日は無難にこなせるという気持ちになるからだ。
監督は、さつきの視線がカメラに向いてしまっていることについて、何も言わなかった。分かっているはずなのに、何も指摘しないということは、問題ないということなのであろう。そう思って演技をしていると、次第に大胆になってくる自分を感じた。
――カメラから見られている――
という意識が強くなり、さらに自分がカメラの向こうを覗いてみたいという気持ちと均衡していた。両者がぶつかり合うと、不思議と大胆になり、さらにカメラの奥が見えてくるような錯覚に陥るから不思議だった。
――あれ?
演技を続けていると、カメラの向こうに、何か光るものを感じた。
――光るものに反射したのかしら? それにしても眩しいくらいだったわ――
思わず目を瞑ってしまいそうになった自分にビックリした。それほどの光は本当に一瞬で、閃光といってもいいだろう。
――眩しさの向こうに見えるもの――
本当は見えていたはずなのに、それを認めたくないという思いが働いたのではないかと勘ぐってしまうほどの眩しさだったのだ。
見つめている時間がどれほどのものだったのか、分からない。ただ気が付けば、
――戻ってきたんだわ――
という思いだった。
一体どこから戻ってきたというのだろう? どこか遠くから戻ってきた気がした。
――このスタジオから出たはずはないのに――
見渡せば、セットの裏側が見えていて、ビデオを見ている人たちの夢を打ち砕くような光景が、見渡せばさつきの目の前に広がっていた。その時、一瞬由香の顔を感じた気がした。
――由香が微笑んでいる。行かなければ――
自分がカメラの向こうに飛び出そうとなった瞬間が確かにあった。その時に由香の存在を感じたが、その時の由香の微笑みは、暖かいものというよりも、さつきを置き去りにしていくことを、まるで、
「ざまあみろ」
とでも言わんばかりの皮肉に満ちた顔だった。
――オチオチ、こんなところでくすぶっているわけにはいかない――
と思った。
さつきは由香に誘われるようにカメラに近づいていく。後ろから監督の声が聞こえてきた。
「カット」
その声は消え入りそうな声で、気が付いた時には、それがOKだったのかどうか、そんなことは、もうどうでもいいことだった……。
第三章 虚空
悟は、また今日も同じビデオを見ていた。同じビデオを見ることは悟にとって珍しいことではないが、このビデオに関しては、何度も見たい内容だというわけではなかった。ただ、
――一日に一度は少しだけでも見ないと気が済まない――
と思っていた。それが途中まででも、途中からであってもよかった。元々、最後は中途半端に終わっている。勝手な想像はいくらでもできるものだった。
今まで本で読んだ作品は映画化してもなるべく見ないようにしていたが、この作品には、以前に自分が読んだ本と似ているところがあるのが特徴だった。もちろん、同じ作品であるわけはない。作者も違うし、テーマも違っている。他の人が見れば、
「全然違う作品じゃないか」
と言われるに違いないが、悟にはどうしても共通点が多い気がして仕方がなかった。
どうしても自分が男であることから、男の立場から映像を眺めている。最初は俊哉のイメージで見ていた。薬剤師というと、薬を扱う神経質な仕事だというイメージがあり、医者よりもむしろ神経質になるのではないかと思っていた。そんな悟の気持ちを察するかのように、俊哉が薬の調合を間違えるというミスを犯した。俊哉がどうなるかというよりも、まず彼の精神状態の方が気になった。
――普段から神経質な男性が、ミスを犯すとどうなるのか――
ということであるが、
「張り詰めていた緊張の糸が切れる時、プツッという音が本当に聞こえるらしいんだ」
と聞かされたことがあったが、それが誰からだったのか覚えていない。その時も、ドラマの一シーンだったのかも知れない。
ただ、ドラマの中の俊哉の身になって見ていると、本当に緊張の糸が切れた音が聞こえてくるような気がしたのは、気のせいではないだろう。
映像を見る時は、あまり登場人物に思い入れないようにしなければいけないと常々思っていたが、俊哉を見ていると、そういうわけにもいかなくなった。自分が就職してからすぐにミスをした時のことを思い出したからだ。
薬剤師のミスとは比べものにならないほど些細なことであったが、新入社員の悟にとっては、些細なことでは済まされなかった。上司からは、
「次からは気を付けるんだ」
と言われ、さらに、
「過ちは仕方がないが、それも一度だけ、二度目はないと思って仕事に打ち込んでほしい」
と釘を刺された。
その言葉を聞いた時、ドキッとした。そんなことは最初から分かっているつもりだったが、正面切って言われると、さすがに怖いものがある。最後通牒とまで言ってしまえば大げさだが、自分が言われてはいけない言葉の一つだと思っていたことだけに、改まって言われると、言葉の重みを感じざる負えない。
俊哉は、休暇を取った。表向きは休暇だったが、謹慎に近いものだった。
「頭を冷やして、リフレッシュして出てくるんだ」
と上司から言われて、うな垂れるようにして病院の廊下を歩いていく姿は、印象的だった。