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時空を超えた探し物

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「ありがとうございます。その言葉を謙虚に受け止めます」
 と言って、礼を言ったが、
「だけど、本当のさつき君を自分で感じることができれば、君はもっと伸びると思うんだ。もったいないような気がしているのは、僕だけかな?」
 と言われた。何のことを言っているのか、分からなかったが、本当は分からなければいけないことだったはずなのだ。
 他の人には分かるはずのないことで、監督とすれば、自分の発した言葉をさつきが感じてくれなければ、この発言はまったくの無駄になる。そのことは分かっているし、それでも話をしたのは、
――さつきなら分かってくれる――
 という思いがあったからだろう。だが、それは本当は願望であって、さつきは本当の自分に気づかない限り、いくら人が助言しても、分かるはずはない。それはさつきに限ったことではないのだが、特に女優という道を歩むことを考えているさつきには、分からなければいけないことだと思えた。
――本当は、もっと苦言を呈したいのに――
 と監督は思っていたが、これ以上いうことは控えていた。その思いは半分的中していたが、さつきの驕りから生まれたものではない。手に入れたチャンスが自分に有利に歯車が回転してくれたのだが、それ以降の歯車は、その反動なのだろうか、少し狂ってきていたようだ。
 助演の役がよかったのか、それからしばらくして、次のオファーがやってきた。今度も助演だったが、前の時ほど憎まれ役も、濡れ場もなかった。助演と言いながら、デビュー作に比べれば、目立たない役だった。
「さつきちゃんには物足りないかも知れないけど」
 と、今回の監督にそういわれた。
「あ、いえ、そんなことはありません」
 と、謙虚に答えたが、心の底で、
――前に比べれば、地味な役だわ――
 という最初に感じた思いを引きづっている。前の作品の成功が、自分の中に由香をイメージしたことが一番の理由だったということを、さつきは忘れかけていた。
 時間が経ってしまったことで忘れかけているわけではない。前の役が終わってすぐくらいから自分の中で忘れてしまっていたのだ。
 それだけ自分に戻りつつあるということなのだろうが、俳優としては、忘れてはいけないことのはずだった。
――頭の中でもしっかりと意識して覚えていなければいけないことだ――
 という意識がなかったのは事実だ。こういうことは頭の中で覚えているものではなく、感覚で覚えているものだということを感じていたからだった。
 今度の役では、確かに由香を想像してしまっては、演じられないような役だった。由香の性格とはかけ離れているというのがその理由だったが、どれほど自分が由香の性格を自覚しているのかということを考えていなかったのも事実である。
――由香先輩は、冷静沈着だわ――
 という意識だけが残っているように思えた。ただ、分かりやすい性格でもあった。二重人格的なところがあると思っていたが、それは由香にだけいえることではない。他ならぬさつき自身も二重人格的なところがあり、だからこそ、演技をすることができるのだと思っているし、由香をイメージしながら演技もできると思っている。
 さつきはデビュー作から、すぐにまた裏方に戻った。自分では、最初と変わっていないということと、初心を忘れていないということを自覚しているつもりだったが、それまでにない感覚が襲ってきているのを感じていた。それが、
――今後の不安――
 であったことに違いはなく、次回作まで少し間があったことは、今までのさつきにはなかった性格が芽生えてきていることに、さつき本人も、まわりも分かっていなかった。
 不安はあるが、裏方をやっていると、女優というだけではなく、クリエイティブなところに目を向けられることに興味も湧いてきた。脚本や監督などという大それたものではなくとも、
――自分にできることは、もっと他にもあるかも知れない――
 と感じるようになっていた。気持ちにそんな余裕が生まれてきたからであろうか、次の役が回ってきた。それまでは、ハッキリとした役があったというわけではなく、エキストラとしては時々出演していたが、さすがに自分の中でそれを、「仕事」として考えることはプライドが許さなかった。
「今度の役は、ちゃんと役名もあるし、セリフだってある。主役の医者を取り囲むナースの中の一人という役なんだ。さつきちゃんなら、どんな役をやりたいのか、台本を読んで教えてくれるかな?」
 と、監督から言われた。こんなことを言われたのは初めてだったので少し面食らったが、出演者の意見を取り入れる監督もいるという話を聞いていたので、別に違和感があるわけではなかった。
 さつきは、あまり深く考えずに監督に答えた。
「台本を読んでみましたけど、私の性格とは少し違った役のように思いますがいかがでしょう? もし、そうなら、自分流に少しアレンジしてみようかと思います」
 本当は、アレンジしてみようというよりも、演じているうちに、勝手に自分の性格に近づいてくるように思えていたのだ。そのことを監督は分かってのことなのか、
「さつきちゃんがそう思うのなら、それでいいと思うよ。さつきちゃん流の役を見せてもらいたいものだね」
 皮肉が籠っているようにも聞こえたが、これが一歩上の女優へのステップアップのための登竜門だと思えば、別に気になるものでもない。
――やるだけやってダメなら、それで仕方がないことだ――
 という開き直りも大切だと思えた。裏方をやりながら少しずつ女優に対しての考え方も変わっていったような気がしたが、今のさつきをまわりがどう見ているかというよりも、さつき自身が、満足できるかということが、まわりに対しての見え方を左右するものだと思うようになっていった。
 さつきは新しい役を、最初はいろいろアレンジしてみようと思ったが、考えているうちに、
――自然が一番なのかも知れない――
 と、感じるようになった。下手に意識してしまうと演技をしている自分に酔ってしまい、途中で修正しなければいけない場合でも、融通が利かないため、うまく行かないこともあるだろう。
――自分が分からなくなる――
 という思いもあり、自然が一番だと思うようになった。
 また、女優というと、自分ではない自分を演じることになるのだが、以前のさつきであれば、
――そんな大それたことできるはずもない――
 と思っていたはずなのに、一体いつ頃から自分ではない自分を演じることに違和感を感じなくなったというのだろう?
 さつきにとって、由香の存在が大きかったのは言うまでもない。学生時代から由香に対しては、
――私にはないものを、由香先輩は持っている――
 と思っていた。
 ずっと由香先輩を目標にしてきたのだが、由香が卒業を間近に控えたある日、
「さつきちゃんには、私にはない魅力がある」
 と、由香に言われた。
「えっ、どうしてそんなことを言うんですか?」
 本当は嬉しいはずなのに、さつきは戸惑いを隠せなかった。
 確かに、褒められて嬉しくないわけはないが、相手が由香だと話が変わってくる。
 自分が尊敬している相手から言われると、くすぐったいという気持ちと同時に、不安もこみ上げてくる。
作品名:時空を超えた探し物 作家名:森本晃次