時空を超えた探し物
――由香先輩とは、ずっとこのままの仲が続いていくんだわ――
と思わせる理由だった。
さつきには由香が、
「人生をやり直したい」
と言った時の表情が忘れられなかった。虚空を見つめるような目は、不倫の疲れからきているものだと思っていたが、それだけではないのかも知れない。その先に見える何かを探していたのかも知れないと思うと、今度はさっきの、
「さつきちゃんは、誰かを探してみたことある?」
という言葉に結びついてくる。そう思うと、
「好きになれる誰か」
という限定された相手ではないような気がしてきた。
理想という言葉を口にしていたが、理想とはいったい何なのだろう? 自分が思い浮かべることができても、なかなか見つけることのできない人だというのが、その答えのように思えた。
なかなか見つけることができないから、自分のこれからの目標として掲げることができる。それが生きがいに繋がってくれば、それが人生を楽しめるための一つになるのだと思うと、
――世の中もまんざら捨てたものではない――
と感じることができるだろう。
何でもすぐに達成してしまう人がいる。そんな人は、少し可愛そうな気がすると思うことがあった。しかし、何をやってもうまくいかない時というのは、いくら何でもこなすことのできる人であっても、あるものだと思っている。
――そんな時は、どうしているんだろう?
余計なことを考えてしまうが、持ち前の要領の良さは、生まれついての本能からであるとすれば、うまくいかない時も、それなりに乗り切れる才覚も持っているのではないかと思えてきた。
もし、そんな時に、うまく行かないことをどう自分が捉えるかということが大いに問題になってくるのではないだろうか。さつきには、縁のない世界のように思えたが、意外と身近なところで起こり得ることのように感じた。もしその身近というのが由香であるとすれば、不倫という誰が見ても過ちに思えることであっても、本人にとっては、そこまで悪いことのように思っていないのかも知れない。
――モノは考えようだというけれど、不倫に対しての考え方も、自分が考えているよりもたくさんあるんじゃないかしら?
と思っていた。
それこそ、人の数だけ考え方があると思っていい。どんなに似通った考えであっても、少しでも違えば、違った考えなのだからである。
少なくとも、由香は不倫をしたことを悪いことだとは思っていないようだ。
――好きになった相手に、たまたま奥さんがいた――
と思っているのであれば、勘違いをしているように感じたのは、さつきだけであろうか?
「家庭がある人は、最後には家庭に帰るものなのよ」
これが不倫の結末として定説になっていることだろう。もちろん、この考えにはさつきも賛成だ。しかし、だからといって、好きになってしまったことを責めることはできないように思う。融通の利かない考えをする人は、
「家庭持ちの人を好きになった時点で、その人が悪い」
という考え方を持つ。もちろん、家庭があるのに、他の女性を好きになる男性が一番悪いという発想は、ほぼ誰もが持っていることに違いないが、それを前提に考えると、相手がどこまで悪いのかが問題になってくる。
「恋は盲目だっていうけど、盲目って何なのかしらね? まったく見えていない人の前に誰かが現れて、相手の見えないという弱点をついて、心の隙に入り込む。もちろん、タイミングは大切なんでしょうけど、そんなハイエナのような人って、結構いるのかも知れないわね」
さつきの友達の中には、そこまで冷めた考えを持った人もいた。だが、さつきはその考えは嫌いではなかった。
――冷めてはいるけど、潔いともいえるわ――
と感じたからだ。
その人は、不倫経験があった。由香先輩の時とは少し違っていて、由香先輩の時よりも、結構ドロドロとした関係だったようだ。
少なくとも、その人が不倫相手と付き合いだした時には、相手に妻子がいるなどということは分からなかったという。普通に恋愛しているつもりで、相手に妻子がいた。
「私はね。本当はその時、妻子がいるのなら、奥さんに返してもいいと思っていたの。でも、彼が私と別れたくないっていうのよ。本当に情けない男だったんだけど、その気持ちが、何となく分かっちゃったのよ。だから、すぐに別れることができなくなって、次第に泥沼に入って行ったの」
「それでどうなったの?」
「結局、私が最後は一番悪者。ただ、彼が私に黙っていたことは事実だったので、相手から訴えられたりなんてなくて、表面上は円満に別れられたわ。最後は私もスッキリしたんだけど、でも、気が付けばまわりには何もなかった。それが一番辛くて、まわりから置き去りにされたという思いが強かった。まるで『浦島太郎』にでもなった気分よね」
と言っていた。
言葉に皮肉さが籠っていて潔くても、寂しく思ったり、辛く感じたりするのは、他の人と変わりがない証拠であった。皮肉な言葉が余計に寂しさの深さを感じさせるようで、なるべく聞き逃さないようにしようと思っていた。
由香と話をしていて、皮肉に感じるような言葉は一切出てこない。
――ここまで皮肉を言わないというのは、由香先輩は皮肉を口にするということが、言い訳に繋がるのだということを意識しすぎるくらいに意識している証拠なのかも知れない――
と、感じていた。
さつきは、その頃、俳優を目指し、芸能養成スクールのような専門学校に通っていた。成績は人並みだったが、卒業後の就職はすでに決まっていた。俳優になりたいという夢は高校時代からあり、ハッキリと感じたのは、二年生の頃だった。それまでは普通に四年生の大学に進学し、経済学でも勉強し、
――目指すは大企業――
と思っていた。
そこから先は、一旦考えが途絶えてしまい、考え直すことで、結婚というのが見えていた。一度考えを止めてしまわないと、結婚ということを想像できないというのは、
――未来を見る時、一直線にしか見ることができないからなのかしら?
と感じていた。
元々、深く考え始めると、深刻になってしまい、幅を広げてみることができない性格だった。
「さつきは真面目すぎるのよ」
と、由香から言われたことがあった。だが、さつきにしてみれば、
「私よりも由香先輩の方が、もっと真面目に前を向いているように思えるわ」
と思っていた。
しかし、そのことを口にすることはできなかった。なぜならいまだに不倫を心の奥に引きずっているように見えるからだ。そんな相手に、真面目という言葉がその人の気持ちを傷つけることになるというのを、さつきは感じていたからだった。その頃のさつきは、真面目という言葉に対して、自分自身がナーバスになっていることを意識していた。それはきっと真面目という言葉に対して、
――自分の中では、いいことだという意識があるが、人から改まって言われると、悪いことを言われているという意識がこみ上げてくる――
と思っているからであった。