時空を超えた探し物
だが、後で考えれば、さつきは由香の声を聞いて、冷めていたのかも知れない。その日は由香に身を任せながら、吐息の激しさは由香にある。もし、自分も一緒になって吐息をあげていれば、異様な雰囲気に包まれることで、さつきにも由香と似た快感を得ることができるだろう。しかし、似ていると言っても、完全に同じというわけではない。どんなに近づけたとしても、気持ちよさが由香のレベルまではとても近づけないことは分かっていた。その瞬間に、気持ちの上では冷めてしまっていたのだ。
時間的には、思ったよりも短かった。五分も抱き合っていただろうか? あれだけ最初盛り上がっていた由香が、たった五分で冷めてしまうということは、さつきの態度が、由香の期待したものとはかけ離れていたからに違いない。
――由香先輩に悪いことしたわ――
さつきが後ろめたい気持ちになることはない。むしろ怪しい世界に強引に誘おうとしたのは由香の方ではないか。そんな相手に義理立てした気持ちになる必要が、一体どこにあるというのだろう?
そもそも、不倫をしたのは由香の不徳の至るところだったはずだ。もし、
「知らなかった」
という言い訳をして、それが本当のことだったとしても、まわりはそんな目で見てくれない。
「相手を見抜けなかった、騙されたあなたが悪いのよ」
という、厳しい苦言を呈されても、言い訳などできる立場ではないだろう。
もし、さつきが人を好きになったとしても、まず相手を疑ってみることから始めるので、由香のような失敗はしないだろうと思っていた。
それからしばらく由香から連絡がなかった。由香と怪しい関係になりかけてから一か月くらい経った頃だっただろうか、さつきは急に由香のことが気になり始めた。
忘れていたわけではないはずだったのに、急に気になったというのは、忘れかけていたことに変わりはない。たっ一か月しか経っていないのに、忘れかけてしまうほど、自分と由香との仲が冷めかけていることに、さつきはなぜか後ろめたさを感じていた。
――あの時の気まずさが、二人の間に結界のようなものを作ってしまったのかしら?
と思うようになった。
さつきは由香との間に壁のようなものはないと思っていたが、結界であれば。見えないほど相手に意識させるものではなく、壁のように意識して作るものではなく、無意識の中で作り上げたものとして。そこに本能が働いているのではないかと思っている。ただ、もし本能であったとすれば、
――本能とは、何かの反動があって生まれるもの――
という意識があり、その反動について考えると、
――あの時に由香に対して冷めた気分にさせてしまった自分に対し、由香が反動を作り上げたのではないか?
と思うようになっていた。
由香にとってさつきはどんな存在なのかということを考えていた。
もし、あの日の由香の行動は、本能的なものだとすれば、今までにさつき以外に対しても、同じような感情を持ったこともあっただろう。回数を重ねるごとに、相手の態度を感じることで、自分が冷めてしまうことを本能的に感じるようになったのかも知れない。そう思えば、この説には説得力がある。
逆に本能的なものではないとすれば、衝動的な行動といえるだろう。この場合は、由香が冷めてしまったというのは、相手に原因があるわけではなく、由香自身が我に返った時、罪悪感や後ろめたい背徳感を持ったことで、自分に対して冷めてしまったのではないかと考えるのが妥当ではないだろうか。
――どっちなのだろう?
さつきは、前者ではないかと思っていた。かなり慣れていたようにも感じるし、豹変したことで、自分が快楽に支配されているのを感じた。完全に自分の理性は吹っ飛んでいて、そこに本能的なものを感じるのは、気のせいではないだろう。
だとすると、他の人にも同じことをしていたことになる。要するに常習性である。
――そんな人だったのかしら?
と思うと、さつきは悲しくなった。そういう意味では一か月の冷却期間を置いたのはよかったと思っているし、今になって気になってきたのも、無理のないことだと思うようになっていた。
由香は、その日のことがまるで何もなかったかのように、しばらくすると落ち込みからも立ち直り、以前のような友達関係に戻っていた。
「男なんて、当分どうでもいいわ」
と嘯いていたが、
「不倫とかではなければいいんじゃないですか?」
というと少し俯いて考え込んでしまったので、余計なことを言ってしまったと思い、慰めの言葉を探したが、言ってしまったことを打ち消せるわけでもない限り、慰めの言葉として何を言っても同じことに思えた。しかも、自分が同じ言葉をこの状況で言われたことを思い浮かべると、他人事のように感じられ、無性に腹が立ってしまうように思えた。そんな時、慰めの言葉は何であっても、逆効果というものではないだろうか?
「そうね。さつきのいう通りだわ」
絞り出すように由香が答えた。さつきには、由香の精一杯の言葉に思えたが、どこか投げやりな雰囲気が気になっていた。
――やっぱり、まだショックは抜けていないんだわ――
と感じた。
それでも、さつきと一緒にいるのは、きっと他の誰といるよりも落ち着けるからだと思うのだが、都合よく考えすぎなのだろうか?
「さつきちゃんは、誰かを探してみたことある?」
なんとも漠然とした言い方だった。何とでも言えるような質問をする由香ではなかったので、さっき感じた投げやりな雰囲気が再度よみがえってきた。
「誰というのは?」
「ハッキリと、誰のことを指しているか分かっているわけではないんだけど、自分の理想としている人を探してみたことがあるのかということが聞きたいの?」
「それは、好きになれるような人ということなんですか?」
「そう取ってもらってもいいんだけど、男女の出会いには、自分から積極的に彼氏になってくれるような人を探す人もいれば、誰かが現れてくるのを待っている人もいるでしょう? きっとその人の雰囲気から、そのどちらかのタイプなのかということは、表から見ていてもわかったりするものだと思うの」
「確かにそうですね。私もどちらかというと、自分から積極的になる方ではなく、誰かが現れてくれるのを待っている方だと思います」
「でも、私から見ていると、さつきちゃんは、積極的な性格に見えるのよ。ただ、それは女性の私の目から見ているからなのかも知れないけど、男性から見る目はまた違っているのかも知れないわね」
由香の目に狂いはないものだと学生時代までは思っていた。卒業してから、まさか不倫に興じるとは思ってもいなかった。ビックリもしたが、確かに人は見かけによらないものだという言葉も事実なのだと思い知らされた気もした。
「私、人生をやり直したいと思っているのかも知れないわね」
まさか由香からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。もし、学生時代にその言葉を聞いていたら、青天の霹靂に陥った後、
――由香先輩は、壊れたかも知れない――
と思ったことだろう。それだけ、由香には人生をやり直すなど無縁な言葉に感じられた。自信過剰ではないかと思えるほど、気高く見えたことが、