時空を超えた探し物
「一皮剥けたかな?」
と、一目を置いていたが、次第に完璧主義がまわりに対してあまりいい影響を及ぼさないことに気づくと、複雑な思いに至っていた。
充希も戸惑っていた。しかし、こんな時こそ、自分がしっかりしなければと思うようになり、まずは自分を顧みることから始めるようになっていた。
ここまでが、ストーリーの前半だった。充希と俊哉の感情は、まわりから見れば恋愛関係なのだろうが、そのことに気づいている人はいない。しかし、二人だけを見つめていると、恋愛とは少し違っていた。そのことに気づいている人はいないわけではなかったが、その人が感じることとして、
――何とも皮肉なことだ――
と思うようになった。それが後半で登場してくる入院患者である坂上史郎という青年だった。彼は、薬の事故が起きる前からの入院患者で、入院生活としてはまだ二か月だったが、ここ数年入退院を繰り返していて、
――彼は治らないもの――
として、まわりも覚悟しての治療だった。
もちろん、本人に告知などしているはずもない。誰もが彼は治るものだということで対応していた。
しかし、ふとしたことから、充希は史郎に自分が不治の病であることを悟られてしまう。充希自身、彼に悟られていることを意識できないでいた。他の人には、
「如月さんの態度から、彼に分かってしまったんだわ」
と分かっているのに、知らぬは本人ばかりなりであった。
そんな充希に追い打ちを掛けるのが、俊哉の存在だった。
充希がなぜそんな初歩的なミスを犯したのか、誰にも分かるはずもない。充希自身が分かっていないのだから、他の人に分かるはずもない。ただ、充希の中では、
――何か余計なことを考えていたんだわ――
と思うようになっていた。
充希は、いつも何かを考えていることが多く、そのたびに集中力の低下を招くことがあった。そのため、仕事中には余計なことを考えないようにしていたはずなのに、どうして史郎に対しての時だけ、余計なことを考えてしまったというのだろう?
余計なことを考えてしまったという思いに駆られてしまったことが、今後の史郎に対しての自分の態度にどんな影響を与えるかということは、その時には分らなかった。いや、この時からすでに充希は史郎に対してのあらゆることで後手に回ってしまうことに気づいていなかったのだ。後手に回われば回るほど、頭の中が空回りしてしまい、どうしていいのか分からなくなってしまうのだった。
そんな充希のことなど、誰もかまってはくれない。自分のことは自分で解決できないと誰もが自分のことだけで精一杯だった。充希もそれくらいのことは分かっているつもりだった。しかし、そんな充希の気持ちを分かる人がいた。他ならぬ俊哉だった。彼は充希の頭が混乱していることも、混乱がまとまらないとロクなことを考えないということも分かっていた。
ビデオを見ていると、テロップが流れてきた。内容は、充希と俊哉はその後病院を辞め、行方不明になったという。史郎がどうなったのかということも、ビデオの中では一切明かされていない。明らかに中途半端な終わり方だった。
いか様にもストーリーの展開を判断できるが、どうにも見ていて煮え切らない思いが残り、消化不良は否めなかった。
――こんなビデオ見なければよかったな――
と、その日は見たことを損したと思いながら、ふてくされた気分え眠りに着いた。翌朝目を覚ませば、前の日に感じた消化不良は消えているはずだったのに、あまり目覚めはいいものではなく、その理由が昨夜の消化不良にあることを、すぐには分からなかった。
ただ、その日の目覚めは普段と違っていて、何か複雑な思いが絡み合っているかのように思えてきたのだ。
――消化不良だけではなく、何かワクワクしたものを感じる――
それが、出会いに対してのワクワクした気分であることに、その時はまだ気づいていなかった悟だった……。
第二章 カメラ
本田さつきは、その日朝からシャワーを浴びていた。元々朝からシャワーを浴びるという習慣のないさつきとしては珍しいことだった。彼氏がいるわけでもないので、その日おめかしをして見せる相手がいるわけではない。ただの気分転換だった。
シャワーを浴びるためにアップした髪をさらに左手で書き上げるようにして、むき出しになったこめかみにシャワーを勢いよく噴きつける。
そのまま喉の方に向かってシャワーを移動させると、自然と顎が上がってきて、色っぽい雰囲気に見えることだろう。
もちろん、本人にはそんな雰囲気を与えているなど分かるはずもなく、そのまま次第に下の方にシャワーを移動させてくる。
たわわに発育した胸にシャワーを当てると、まるでプリンのようにプルプルと動いている。本人はそこまで動いているという意識はないが、シャワーに合わせて指が乳首を洗おうとすると、体がビクンと反応した。
「あぁっ」
軽く吐息が漏れ、小さな声だったはずなのに、静寂の中、浴室に反響した。
――恥かしいわ――
声には出していないが、唇は確かに動いていた。
唇は他の人に比べて厚いと思っている。その部分に関しては、学生時代からコンプレックスだった。付き合っていた男性からは、
「そこがさつきのチャームポイントだよ」
と言われてきた。最初こそ、
――お世辞に違いない――
と思っていたが、一人だけではなく、付き合った男性のほとんどの人から言われると、まんざらでもないと思うようになってきた。しかし、それでもコンプレックスであることには違いなく、あまり言われているのを聞いていると、
――きっとエッチなところがあることで、チャームポイントだって言っているんだわ――
と感じていた。その思いは当たるとも遠からじ、彼女と付き合った男性のほとんどは、エッチな目で彼女の唇を見ていた。
しかし、最初唇の厚い女性は、自分では好きになれない人が多いと思っていたが、高校時代の先輩で、尊敬できる人がいたが、その人は確かに唇が厚かった。
だが、彼女の唇の厚さには、チャームポイントを感じない。好きになれないほどだったくせに、尊敬できる人に対しての魅力に感じないということは、それ以上に特徴的なところがあるという証拠であろう。
彼女の名前は橋爪由香。一年先輩で、さつきが新入生として入学してきた時から、すぐに仲良くなった。
最初に声を掛けてきたのは由香の方だった。後輩でしかも新入生のさつきに、いきなり先輩に声を掛けるなどできるはずもなかったが、さつきとしても、由香の存在が気にはなっていたのだ。
「私たち、どこか似たところがあるわね」
最初から、由香はそう言っていた。
――まだお互いに何も知らないはずなのに、似たところがあるなどとどうして分かるのかしら?
と感じていた。
だが、気になっている人から、似たところがあると言われて嫌な気はしなかった。元々、気になっているとはいえ、それがいい意味で気になっているのか、悪い意味なのかすぐには分かっていない時に、
――似たところがある――
と言われると、気になっていることがいいことのように思えてくるというものだ。
――人との付き合いは、第一印象が大切――