短編集6(過去作品)
自分に彼女との最後まで行き着く意識がないから、きっと最後まで夢に見るとはないと思っている。願望より、想像することが不可能ならどうしようもない。しかし姉とだったらなぜだろう、最後まで行き着く想像をすることへの抵抗感がない。姉に対してそんな想像をすること自体が禁断であるにもかかわらず、自己嫌悪に陥ることもなく夢から覚める私は、そのことに対して逆に自己嫌悪を感じていた。
何となく姉の暖かさが身体に染み付いている気がする。熱でうなされていた時に感じた火照った感覚が、そのまま姉の抱擁に移り変わる。本当はうなされていて気持ち悪い記憶しか残っていないはずだったのだが、今思い返しても不思議だった。
そういえば姉が結婚すると言い出した時、その話を最初にしてくれたのが、私にだったのだ。姉の真意ははっきりと分からないが、それまで悩んでいた気持ちを私に言うことで解放されたのか、話した後の姉の顔は安堵に満ちていた。そんな姉の顔を見るのは、私がうなされていた熱が下がって元気になった時以来だったかも知れない。
あの時の姉は看病疲れからか、目も虚ろでボ〜っとしていたように思う。
姉が私に結婚の話をしてくれた時、その日の最後に私に見せてくれた顔も目が虚ろだった。目の焦点が合っていないようだったし、ほんのりと紅潮した頬が印象的だった。
――綺麗というより、いとおしい表情だったな――
これが私の感じた印象である。
熱が下がってから見た姉の顔は、まさしく抱きしめたくなるような衝動に駆られそうだった。病み上がりでなければ抱きしめていたかも知れない。もし、そうなったら姉はどんな反応を示すだろう? しばらくはそんな思いが頭を掠めた。
結婚の話が終わってからの姉は安堵とともに私に対する視線が今までと違っていた。
――妖艶な雰囲気とはこういう感じなのかな?
女性というものを知らない私にとって、その時の姉の表情に対してどう反応してよいか見当もつかなかった。
しかし不思議なのは、その日を境に私を見る姉の顔に哀れみを感じるようになったことだ。まともに私の顔を見ることをせず、嫁いでいく最後の瞬間まで、私に妖艶な表情を見せることはなかった。
――あの表情は夢だったのだろうか?
そう感じたが、そのわりにはくっきりと瞼の奥に残っている。決して夢ではなかったことを私に教えてくれるのだ。
私が大学に入っても彼女を作ろうとしてもなかなかいい人を見つけることができないのは、姉のその表情が印象に残っているからだ。
確かにガールフレンドはたくさんできた。その中には最後までいった女性もいる。なりゆきだったが、雰囲気は最高だった。その証拠に彼女はいまだ私との一夜を大事に思っていてくれている。
しかし私はというと、何となく味気なさを感じていて、一夜をともにした次の日から、意識的に避けるようになっていた。
――何かが違う――
心の中からのリフレインがあった。味気なさではないのだろうが、確かに想像と違っていたのは間違いない。
私にとって今でも最高の女性だと思っているのは姉である。
――最高の女性?
まるで姉の身体を知っているかのように思うと、想像してはならない姉の身体が瞼の奥に浮かんでくる。
触っただけで弾けそうで、暗闇でも怪しく光っていそうなほど限りなく白いその肌、まるで白ヘビを思わせる肢体が、しなやかに私の身体を包んでくれそうである。
これは想像ではない。明らかに記憶から引き出されたものの気がする。
なぜ、今まで記憶から引き出されることがなかったのだろう?
もし、その記憶に間違いがないのだとすれば、私の心の中で何か大きな葛藤があったに違いない。
――葛藤? そういえば、何か心の中でリセットされたものがあったような気がする――
私は姉と関係があったのだろうか? 実の姉と?
――まさか、あれだけ冷静で前後の見境のなくなるはずのない姉にそんなことあるはずがない――
心の中でそう叫んでみたが、その気持ちに今でも変わりはない。確かに何かをリセットしようと考えてはいたが、なぜか心の中に罪悪感はなかった。
最初から罪悪感がなかったわけではない。どこかの時点から罪悪感という言葉を私自身が忘れてしまっているのだ。
姉が私に結婚相手がいると告白してくれた時、その後の記憶がよみがえってくる。
「ねぇ、あなたは私のことをどう思っている」
今まで姉が自分のことを私に聞くなど一度もなかったことだ。しかもこれほどストレートに言われると驚きすら通り越していた。
「どう思っているって、それは姉さん……」
「姉さんなんて言わないで、和江と呼んで……」
その時の姉の目は、今まで出会った女性はおろか、姉に対してであってでも初めて感じる妖艶さであった。
「どうしたんだい、いったい」
もう姉の目はトロンとしていて、焦点が定まっていない。
「お願い、今日は私の好きにさせて」
唇を重ねてくる。暗闇の中、そこがどこか最初よく分からなかったが、気がつけばどうやらそこはホテルの一室だった。
――いつの間に?
記憶が飛んでいるのだろうか? それともその場の雰囲気がそうさせるのだろうか?
すべてが静けさの中で行われた。聞こえるのは姉の息遣いだけで、自分が興奮しているさますら自分で感じることもできない。
暑さ寒さなど感じないが、息遣いが荒くなるたび汗を掻いているのが分かり、空気がどんよりと重くなってくる。しかしそれは心地よいものであり、さらに興奮が高まってくるのを感じる。
姉のリードの元、私はなす術もなかった。しかしこんな興奮も初めてで、罪悪感のかけらもない。
――姉は少なくとも私にとって最高の女性だ――
今さらながらそう感じたが、それが正解だったことをその時まさに感じていた。
何度も押し寄せる波を巧みにかわし、姉は私を攻め立てる。それがどれくらいの時間だったかなど分かるはずもなく、また分かろうとも思わなかった。
姉の身体が大きくのけぞり、その勢いで私を受け入れると、そこから先は二匹の野獣だった。そこから先ははっきりと自分の息遣いが分かるとともに、お互いの興奮を頭の中で感じることができた。
――リセットしなくていいのか?
興奮も最高潮の中、誰かが私に語りかけてくる。
「リセット? 一体何をだ?」
返事をしてみるが、何も返ってこない。その声は男だった。聞き覚えのある声には違いないが、最高の興奮の中、それが誰かなど分かろうはずもなかった。
一気に果てたその後は、またしても真っ暗な世界が待っていた。真っ暗な中で進められた後にやってきた暗闇は、明らかに先ほどまでとは異なったもののように感じた。
――目の奥に残像が残っている――
シルエットのように白く浮かんだ姉の肌が、暗闇に浮かんでいる。恍惚に身を任せながら、その余韻に浸っているのだ。
「私とあなたは血がつながっていないのよ」
荒くなった息遣いで、搾り出すように姉が話してくれた。衝撃の事実を聞いたのだが、それをもし衝撃を受けずに聞けるとしたら、きっと今しかなかったであろう。
姉の言葉が耳の奥でこだまする。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次