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短編集6(過去作品)

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 そういえば姉と私は二人きりの姉弟で、昔から仲が良かった。いや、いつもそばにいたと言った方が正解かも知れない。
 小学校の頃などいじめられっこだった私をいつも助けてくれたのは姉だった。一人だったらいつも泣いて帰るような時でも、すかさず慰めてくれて、幸か不幸か母親は私がいじめられているのをずっと知らずにいたはずだ。
 姉と私がそれほど仲の良かったことを、他の誰が知っているだろう。確かにいつも一緒にいて仲の良い姉妹として誰の目にも写ったはずだ。
 それだけにその姉が結婚すると聞いた時、私には少なからずのショックだった。
「姉さん、それ本当なの?」
「ええ、実は前から付き合っていた人にプロポーズされたのね。結局悩んだけど、結婚することに決めたわ」
 そう話してくれた時の姉の目は、心なしか潤んでいた。
 姉が誰か付き合っている人がいるということは、薄々気付いていたが、まさか結婚を考えている人がいたなど、まったくの予想外で、青天の霹靂だった。
 姉の顔は悲しそうである。少し顔を痙攣させながら私を見つめていたが、私から言葉が出るはずもなく沈黙が続いた。
 それがどれだけの長さだったかは、はっきりと覚えていない。なぜなら沈黙が破れた後のことを私がはっきりと記憶していないからだ。
 しかしそれでも姉の結婚話は大きな障害もなく、着々と進んでいった。
 こうなったら私の意志に関係なく、祝福するしかなかった。もうその頃には姉として祝福できる気になっていたし、義兄とも何度か会って、悪い人ではないと思ったからこそ、そう思えるようになっていた。
 義兄はどちらかというと私に似たところがあるのかも知れない。
「彼ってあなたに似てるのよ」
 最初まだ義兄に会う前に姉からそう聞かされていたので、先入観が宿っていたのかも知れない。先入観というのは意外とあなどれないものだ。特に私が先入観でものを判断することが多いのを知っている姉からわざと植え付けられたような気がする。
 姉に掛かれば私の性格など丸分かりらしく、時々説教される時に、
「あなたは、○○だから気をつけなさい」
 というのが口癖だった。
 もちろんそんな姉に逆らえるはずもない。逆に頼もしいくらいで、姉のいうことはほとんど「はい、はい」と聞いてきたものだ。
――そんな姉が選んだ義兄なんだから、きっといい人に違いない――
 これもきっと先入観の表れだったのだろう。
 パソコンを買ったのも、元々姉の結婚が決まってからだった。姉がいなくなって寂しくないようにである。
 姉とは歳が少し離れていた。すでに二十代後半に入っていた姉が、まだ一人でいること自体が不自然だったのかも知れない。姉は落ち着いて見えるが、見方によっては若くも見える。私と歩いていても恋人同士に見られたこともあるくらいで、実年齢を言っても信じてくれないことがあるくらいである。
 パソコンを買うために一緒に付き合ってくれたのも姉だった。その時は姉の相手が電機メーカーの人だとは知らなかったので、パソコンに詳しい姉に尊敬の念を抱いていた。まだパソコンがそれほど普及していなかった時代に、よくあれだけの知識があると感じたくらいである。
 ある意味、店員もびっくりしていた。姉の説明に何度も頷くばかりで、私の知らない専門用語が二人の間で飛び交っていた。それだけに頼もしく、選ぶのにそれほど苦にならなかった。
 買った後のセットアップや、いろいろなソフトを入れてくれたのは義兄だった。その頃にはすでに打ち解けていて、それだけ義兄とはわだかまりがなかったのだ。姉の言う、
「似たもの同士なのよね」
 という言葉もまんざらではない。
 それから私はゲームに嵌まってしまった。
 義兄も私と同じようにゲームをしているらしい。同じように嵌まってしまったと笑いながら話していたが、お互い探りを入れるような目をしてしまっていたように思えたのは、だいぶ経ってからのことだった。
 それからであろうか、義兄が姉に対して抱いている思いが、手に取るように分かってきた。
――姉は義兄のことを慕っているが、義兄も姉に甘えている――
 一見、甘えん坊同士のような気がするが、姉がある程度しっかりしているので、意外とうまくいっているようだ。直接聞いたわけではないが、姉の口からは義兄の頼りがいのあるところしか聞こえてこない。
 だが私には分かっている。さすが「似たもの同士」、甘えん坊の性格まで似ている。たぶんそのことは姉にも分かっているだろう。分かっていて頼りがいがあるということを口にするのだから、やっぱり姉はしっかりしているのだ。
 私を見る目と義兄を見る目が少し違う。当たり前のことなのだが、少し姉が自分から遠ざかっていくのが明らかになってくると、さすがに一抹の寂しさを感じる。想像してはいけないのだろうが、夫婦生活が目に浮かんでくることさえあり、そんな自分に自己嫌悪を覚えていたりした。
 そういえば姉との思い出というと楽しいことしか思い出せない。
 今までに嫌なこともあったはずだと思うのに楽しいことしか思い出せないので、姉との記憶は断片的にしか残っていない。
 姉の顔が目の前に迫ってきた記憶がある。柑橘系の香りが鼻をつき、荒くなった息遣いはまわりがシーンと静まり返っていたことを裏付けていた。
 あれは私がいくつの時だったろうか?
 まだ中学生の頃だったような気がする。どちらかというと異性に興味を示すのが遅かった私は、姉だけには不思議な感覚を持っていた。女性として初めて感じた人が姉だったのかも知れないが、それが女性として見ていたと感じたのはかなり後になってからのことだった。
 そういえば高校に入って好きになった女性はどことなく姉の雰囲気に似ていた。最初そうも感じなかったが、一年付き合った後で彼女と別れた時に言われた言葉が、
「あなたは私以外の誰かを私の後ろに見てるのよ。私は分かってたけど、もう耐えられないわ」
 そう言って私から離れていった。
 その時、初めて付き合っていた女性が姉の雰囲気であることを悟り、彼女の言った「誰か」が姉であると分かったのだ。
 それからの私は、確実に姉を見る目が変わっていた。そのことに姉は気づいていたはずだ。何しろ、目を合わせようとすると、本能的に目を逸らそうとするからで、今までにそんなことは一度もなかったのだ。目を逸らしてからでもチラッチラッとこちらを伺う素振りは、明らかに私を男として意識していたからであろう。
 姉に脅えのようなものがあったとは思えない。確かに私の視線を痛いほど感じていたであろうし、私の見る目が尋常でないことも分かっていただろう。それでいて私への意識が脅えでないと感じると、私の視線も次第に大胆になる。
 彼女との別れは、かなりなショックを私に与えた。初めて好きになり、付き合った相手だったので、彼女がまさか私と別れるなど言い出すわけがないとさえ思っていたからだ。彼女の口からも、私のことが最初から好きだったと聞かされていた。相思相愛に別れがあるはずないという愚かな考えだったのだ。
「お前は甘いよ。きっと彼女に好きな人ができたんじゃないか?」
 友達からはそう言われた。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次