小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集6(過去作品)

INDEX|3ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 夜の街に消えて行く由紀子の後ろからゆっくりとついていく。暗い路地へと入った由紀子を追いかけるが、複数の街灯に照らされて四方に広がったいくつかの影は、不規則に動いていた。歩くたびに長くなったり短くなったりと不思議な動きをする影にしばし見とれていたが、蠢く影が気持ち悪いと思いながらも、目を離すことができないでいる自分がいた。
 影をたどって足元から由紀子の後ろ姿を見つめるが、前から当たる光のシルエットが、まるで別人を照らし出しているかのように見える。小柄で細身だと思っていた由紀子の後ろ姿に逞しさを感じ、お世辞にも小柄とは言いにくい雰囲気だ。確かにシルエットとして浮かんだ姿は少し大柄に見せるかも知れない。しかしその後ろ姿には頑強な男のような逞しさがあり、とても先ほどまでの強く抱きしめたら折れてしまいそうな雰囲気のある女性には見えない。
――私が見ているもの、これは本当に夢なのだろうか?
 そんな疑問が頭を掠める。前にも何度も同じような思いが頭を掠めたことがあったが、その時どう感じたかを思い出そうしても、どうにも記憶が繋がらない。
 結論めいたことが見つかるはずもなく、記憶はあっても断片的で、ただ感じたということだけしか思い出せない。肝心なことを思い出せないだけではなく、きっと私の中で何も解決していなかったのだろう。
 しかし思い出せる記憶の中の一つとして、
――何か遠くから私を見ているものがある――
 というのがあった。それはまるで大パノラマである天空が巨大な水晶の玉のようなものであり、その外から見つめられているような感じである。
 もし天空が透き通ってその向こうが見えたなら、私を捕らえている巨大な目から視線を離すことはできないだろう。その場に立ち竦んだまま、いたずらに時間が経過していくだけである。
 何も見えないことは分かっていても、ついつい空を見上げてしまう。どんよりとした雲に覆われた空は今にも泣き出しそうで、立ち込めた霧が寒さを誘おう。
 雲に隠れているが、朧月になっているその向こうには明るい満月が広がっている。雲さえなければ街灯がなくとも十分明るく、影の形も幾分か違っていたのではないだろうか。
 そう思い、再度由紀子を見た。だが私の前を歩いていたはずの由紀子の姿はそこで消えている。たった今目の前にいたはずで、入り込もうにも路地のないビルの壁が続いているところである。いつもであれば急いで走って行って、彼女のいた場所からあたりを見渡すだろう。しかし、走って行きたい衝動に駆られることもなく、その位置であたりを見渡すだけだった。
――何もあるはずないよな――
 そう感じながら見渡すが、もちろん自分が期待しているであろう何かがあるわけでもない。元々期待しているものが何かなど分かるはずもなく、ただ漠然と見渡しただけだ。
 黙って目を閉じてみる。
 そこに見えるのはあたりを必死で見渡している自分だった。遠い空の彼方から見ているにもかかわらず、自分だけがはっきりと見える。その目に気付いているのか、空をしきりに気にする自分と目を合わせないように気を遣いながらである。
 潜在意識とは、まさしく今、目を瞑った時に瞼に浮かんだ光景のことをいうのではないだろうか。
――きっと目が覚める前兆なのだ――
 心の中でそう感じている。
 しかし目が覚めるのは果たしてどこなのだろう?
 そこに浮かぶ景色は、シチュエーションの違いこそあれ、また同じもののような気がして仕方がなかった。

「おい、面白いゲームがあるんだが、やってみる気はないか?」
 そう言って、ゲームソフトを義兄が持ってきてくれたのは、まだパソコンが一般家庭に普及し始める前だったから、かれこれ七、八年前のことになるだろうか。
 義兄は私とは歳が十歳近く離れていて、実姉とはまだ新婚の頃だった。
 電機メーカーに勤めている義兄は、サンプルや何かで結構ゲームを持ってきてくれる。まだ大学生だった私も初期の頃の高かったパソコンを持っていて、よくもらったゲームで遊んでいた。
 当時流行りかけていた養育ソフトやロールプレイングゲームなどの類は結構豊富で、ファミコンゲームとは違った趣きがあり、他の人から言わせればファミコンゲームとは一長一短があるらしい。しかしそれも慣れであって、私は結構嵌まってやっていた方だ。
 子育てゲームのようなものもあるらしいが、学生の私にそんなものが面白いはずもなく、もっぱら義兄へのリクエストも、恋愛シュミレーションゲームが多かった。それも同年代くらいのもので、やはり自分に置き換えて遊びたかったからであろう。
 そんな私のわがままを義兄は忠実に叶えてくれた。しかもなぜか登場する女の子も私の好みにぴったりで、よく私のことを知っているなと少し気持ち悪くなるくらいだ。姉から聞いているのだろうか?
 学生とは意外に暇なようで実はそうでもない。
 友達が多ければ多いほど付き合いも多く、スケジュールの調整に苦慮することもあるくらいだ。特に私の場合、高校の頃などあまり友達を作ることなく部活すらしていなかった状態なので、ほとんど友達らしい人はいなかった。
 友達がほしくなかったわけではないのだが、下手に友達を作ると受験の時に自分が苦しむだけだと思っていたからで、その考えが正しかったかどうかは別にして、確かに現役で志望大学に入学できたことで、私の考えは正解だったのかも知れない。
 大学に入るとその考えは一変した。
 まわりの雰囲気が高校の頃と違ってとても明るく、同じ高校からも何人かの友達が一緒に入学したのだが、まるで高校時代と別人であるかのように見えるくらいだ。それを見ていると大学のキャンパスというところに魔力のようなものがあるような気がして仕方がない。
――私も彼らから同じ思いで見られているのでは?
 そう考えると嬉しくなってきた。今まで縁遠いと思ってきた人たちに対し、急に親近感が湧いてきたのだ。
 そうやって友達が増えてくると、もっと身近な肉親や親戚とも急に身近に感じられるようになる、それがゆえに義兄からいろいろもらえるほど親しくなれたのだろう。
「暇だったら、これで遊べばいい」
 そう言って初めてもらったゲームから、かれこれ幾つ目だろう。たっぷり堪能してそろそろ次を、と思っていた見事なタイミングにいつも義兄は合わせたように持ってきてくれるのが嬉しかった。
 どちらかというと恋愛ゲームは開発しても日の目を見ることはあまりないらしい。ライバル会社も同じように開発しているので、どうしても似たようなものになってしまい、キャラクターに個性を持たせるか、マニア向けのものへと嗜好を変えるかなどの工夫がないとなかなか成功しないもののようだ。
 それでも今まで持って来てくれたゲームは試作品として世に出回る前のものばかりで、もちろん友達に話すわけにはいかなかったが、持っているだけで優越感に浸ることができ、それだけでも嬉しかった。
 私が秘密を厳守する人間だと分かっているからこそ、義兄が持ってきてくれるのであろう。
 それにしてもそれほどまでに信用されているというのも嬉しいもので、よほど姉から自分のいいことばかりを聞いているのではないだろうか。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次