短編集6(過去作品)
お冷を持ってきた店員にモーニングセットを注文したが、それもあらかじめ決まっていたような気がして仕方がない。きっとあまりにも店員の事務的なセリフを聞いたからであろう。お冷を口に含み店内を見渡すが、客は誰もいなかった。道理ですきま風のようなものを感じる寒さだと思ったら、客がいないからだと納得していた。
「今日はどこに行きたい?」
本当であれば男の私が計画しておかなければならないのだろうが、いきなり朝のシチュエーションに頭が回らなかった。これも実はいつものことで、女性にその都度聞いていた。
「どうしようかしら」
迷って答えるのも毎度のことである。最終的にはいつも私が決めるのだが、決め手はいつも決まっていたような気がする。
何もかもが計画されたこの世界、私にはそのことが分かっているからか、その都度考えが浮かんでくる。私の考えに対しての彼女の反応まで、最初から私の頭にあるに違いない。
「遊園地?」
「うん、由紀子、遊園地がいいわ」
初めて感情を露にした彼女は自分から名を名乗った。ここまで来ればこの後の展開は保障されていた。完全にお互いの中で出来上がっている。
大人同士で遊園地に行って何が楽しいのだろうと思っていた私だったが、実際行ってみると由紀子にリードされっぱなしだった。最初は少し大人の雰囲気を持った女性だと思っていた由紀子は、遊園地に着くなり、いきなりのハイテンションだ。顔など女子高生のようなあどけなさが抜けておらず、心なしか体つきまで幼く見えてくるから不思議だった。
戸惑い嫌がる私を無理やり絶叫マシーンに乗せたがる由紀子に押し切られ乗ってみる。しかしなぜか怖さや気落ち悪さなどなく、一人はしゃいでいる由紀子をじっくりと見ることができた。
これほど、私がデートで冷静に相手を観察できる人間だったとは……。
どちらかというと客観的に見るのが苦手な方ではない。自分のことであっても、まるで自分の身体から目だけが離れて、冷静に見れるような気になっていることもしばしばあった。そんな時、
――これは夢ではないだろうか?
と思うこともあったが、紛れもなく現実だった。
しかし、由紀子とのデートでは完全に自分を見ることができる。まるで二人の自分がいて、デートしている私を見ている自分が本当の自分のような気がするのだ。そしてデートしている自分の気持ちの奥までは分からないが、これから二人がどういう展開に進んでいくかは分かる気がした。
いや、分かる気がするというよりも、私が考えている通りにデートが進行しているようで、それだけに先が読めているのだ。遊園地に行こうなど普段の私の言動からは信じられないのだが、予想がついてしまう自分が怖くもあった。
――前に一度同じようなシチュエーションがあったのかな?
思い返せばそんな気もする。
確かに初めてではない光景なのだが、来たことがないのは自分ではっきりと分かっている。
――以前にもどこかで見たような――
いわゆるデジャブー現象なのだろうが、夢ではよくあることかも知れない。
最初は完全に夢だと思っていた。頭のどこかに引っかかっている記憶が夢の中だけで繋がるのだ。元々時系列すらはっきりとしない夢の世界、潜在意識のなすがままに形成されたとしても何の不思議もないことだ。
遊園地でのデートは結構楽しいもので、気がつけばもう夕方近くになっていた。
不思議なことに疲れはあまり感じない。確かに遊んだことでの充実感は味わえているし、お腹も減ってきている。このままディナーをしようと思っているのだが、身体は軽いのだ。
「疲れたかい?」
「ええ、少しだけ、でも大丈夫よ」
由紀子はそう答えた。しかしさすがにはしゃぎ疲れたのか、先ほどまでの元気はなく、顔も幾分か紅潮して見えた。
豪華ディナーを食べるだけの食欲はある。どちらかというと少食の私が、それほど疲れてもいないのに豪華ディナーを食べたくなるほどの食欲を持ち合わせているなど、信じられない。まるでディナーを食べることが分かっていて、それに合わせて腹が減っているように思える。
この世界ではすべてが計画されていて、自分の考えることもあらかじめ決まっていて、釈迦の手の平で遊ばれている孫悟空のような気がしてくる。
後から考えるからそう思うのだろうか?
実際にその時々で思ったことかどうか疑わしい。遊園地で楽しかったことや、ディナーがおいしかったことなども、今考えているから感じることなのだろう。
本当であれば、ディナーが終わり夜の街に出かけると、さらに楽しみは膨らむはずである。その後、当然に男ならば考える下心、特に由紀子を見ていると、どうしても自分に素直になってしまう。
どちらというと身長が高く細身の私は、普段から小柄な女性がタイプだった。
自分にないものを求めるわけではないのだが、包み込みたくなる欲求が強いのかも知れない。
由紀子は、少しポッチャリ系の顔立ちだが、着ているコートを脱ぐと身体はスマートな方だ。小柄な身体に似合っていて、私好みであることは間違いない。
腕を組んで歩いていて、胸のふくらみを感じることができる。
しかし遊園地などのシチュエーションで身体が反応することはなく、心地よさがいつまでも腕に残っていたが、それ以上の感覚はなかった。
服の上からでも心臓の鼓動を感じることができ、心なしか息遣いも荒かったような気がする。それだけにはしゃぎながらでも、緊張していたことが窺える。
軽くワインを嗜みながら時間をたっぷり使いながらのディナーが終わると、すでに夜の時間へと突入していた。ここから先は大人の世界。そう思っていたはずだった。
しかし一向に胸がときめいてこないのはなぜだろう。大人の時間の楽しみ方を知らないわけではない。いくら夢の中といえども、少なからずの胸の鼓動があってしかるべきだ。
――夢というといつもいいところで終わるものだ――
という感覚がある。
たぶん、夢の中であっても想像の域をある程度越えるものは見る事ができないのかも知れない。空を飛ぼうとする夢を見ても、たとえそれが夢と分かっていて、夢なら飛べるのではと考えたとしても、結局飛ぶことはできない。それは自分の空を飛んでいる姿が想像できないからであって、潜在意識として持っている、
――人間は空を飛ぶことができない――
という思いを裏付ける結果にしかならないのだ。
確かに私は夢だということを認識している。だからといって夢の中で興奮がないわけではない。現に、高校生の頃などいやらしい夢を見て、起きてからもまだ興奮が冷め遣らぬことがあったくらいだ。多感な高校時代だからかも知れないが、今でもその興奮を忘れたわけではない。したがってシチュエーションが出来上がれば同じ思いをするに違いないと思っていたのだ。
――由紀子は興奮に値しない女性なのか?
いや、そんなことはない。彼女のようなタイプの女性が私の知り合いにいない以上、夢に現れた女性は私の潜在意識の中にある女性のはずだ。潜在意識にあるのならば、それなりの興奮はあるはずで、その証拠に最初に出会った時の胸のときめきはそのままである。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次