短編集6(過去作品)
特集コーナーなど今まで見たことはなかった。だが、朝ごはんの準備もでき、朝の一連の作業も一段落したことで精神的にも落ち着いたのか、今日はブラウン管をゆっくりと見る心の余裕のようなものがあった。
「今日は心理学者の安田教授と、霊界研究会の会長をされている湯島会長をお迎えしています」
アナウンサーがゲストの紹介をしている。
カメラがフィードバックしていくと、そこには仰々しくもコーナーのタイトルが映し出された。どうやら毎日違ったテーマで続いているものらしく、総合すると「ちまたの七不思議」のようなコーナーになっているようだ。
「本日のテーマは、『生まれ変わり』についてです。霊媒師などの話を伺っていると、そんなことがあるという話を聞きます。実際、先日の放送でも先祖に関係ない霊が、云われなくとり憑いたなどという話をお伝えしたかと思います。それも誰かの生まれ変わりだと考えれば辻褄があるとおっしゃっているのが湯島会長です。それでは早速討論に入りましょう……」
湯島会長がアップになる。
白髪に白い髭がよく似合う湯島会長は、霊界研究会というよりも、むしろ科学者を思わせ、白衣を着ると発明家にすら見えてくる。
「毎日たくさんの人が生まれているのと同様、たくさんの人が亡くなっています。当然、同じ日に死ぬ人もいれば、生まれる人もいる。まったく同じ時間に偶然生死が重なる人もいるわけですね」
何やら難しい話からの導入となっている。
しかし考えてみれば、話自体が難しい話題であって、解きほぐす意味でも順序だてた理屈っぽい話になっても、それはそれで仕方がない。
じっとその話を教授は目を瞑って聞いている。
会長はさらに続ける。
「それはいくら距離的に離れていても関係ないもののようで、日本人の生まれ変わりが外国人であってもいいと思います。生まれたての記憶をはっきりと覚えている人などそうはいませんからね」
そこで会長は一旦言葉を切った。じっと目を瞑ったまま腕組みをして考えていた教授が初めて口を開いたのは、そのすぐ後だった。
「人間の記憶というのは確かに生まれた時のものは、ほとんどありませんね。それは同意見です。でも中にははっきりした記憶を持っているという人もいるみたいですよ。気がつけば、看護婦さんが覗いていたというような記憶をですね。これというのは、すでに相手を記憶する知能が備わっているということで、生まれたての乳児では普通考えられないことです。それを生まれ変わりと考えれば、説明もつくというものではないでしょうか」
今度は会長が腕を組んで聞いている。しかし、じっとしているわけではなく、自分なりに納得してか、うんうんとしきりに頷いている。
ここから先、二人の会話は続けられた。一進一退の攻防というより、基本的に同じ考えの二人は、どちらかが唱えた案に対し補足を加えるといった形で進行していった。もちろん反対意見があればそれに対して疑問が投げかけられたことはいうまでもない。
一生懸命になって見れば見るほど、後で考えれば意外とその一部分しか覚えていないもので、その時の私もそうだった。コーナーは結構長い時間を占めていたのでかなりの激論が飛んでいたが、私にはあっという間に感じられた。そんなところからも、一部の記憶しか残らないという思いが強くなる。
会長の言葉から始まった。
「皆さんは前世というものを信じますか? 自分が生まれる前、何であったかということは、大体一度は考えてみるものですね。もちろん、前世なるものが存在すると仮定して皆さん全員の前世が人間だったなどということはありえません。そう、前世とは人間とは限らないんです」
客席にカメラが移った。
ここまで来ると、客席の人たちの表情は真剣で、視線は会長に注がれている。テレビの前で見ている私でさえ、同じような表情をしているに違いないと思う。
会長は続ける。
「亡くなった人がいて、まったく同じ時間にこの世に生を受けた者がいたとするならば、その人の生まれ変わりであると考えるのは少し危険かも知れません。しかしそういうことがないとも限りませんね」
すると教授がすかさず口を挟んだ。
「それを正しいと仮定してですね、生まれ変わりがあるとするならば、死んだ人の亡くなり方にも影響を受けるんですか? 大往生で成仏される方、事故であっという間に亡くなる方、自殺などでこの世に未練を残しながら、自らの命を断つ方、さまざまですよね」
それについてもいろいろな意見が出た。自ら命を断った方は成仏できないだろうから、生まれ変わりなど無理ではないかというのが一致した意見であったが、それ以外、可能性としては高いのではないかということである。
その話を聞いていて私は納得できるところも結構あった。
そういえば、時々知らない風景がふっと頭に浮かぶ時がある。夢で見たものだろうということでそれほど気にも留めていなかったが、同じような風景を何度もである。そしてそのたびに
「以前に行ったことがあるような……」
と感じるのだが、心の底で、
前世の成せる業
として割り切っていたような気がする。
テレビの特集コーナーが終わってからでも、私はしばしブラウン管から目が離せなかった。テレビショッピングなる番組に画面は変わっていたが、見ているといっても見つめているわけではなく、ある意味虚空を見ているのかも知れない。
言葉の一つ一つを覚えることの苦手な私は、話の端々で気になった言葉から、自分の過去を思い出し、そこからいろいろな思いを馳せるのだが、その日に限ってそれが走馬灯のようによみがえってくる。
――言葉に関連性があるのだろうか?
例えば行ったことのない場所の風景が急に思い浮かぶといった現象にしても、小学校の頃や高校時代、社会人になってからとまちまちである。しかし、その日の話を思い出しながら瞼の奥に浮かんでくる光景は、すべてが同じところを示しているような気がしてならないのだ。
そんな時、いつも女性を意識していた。
光景を見ている本人がいくつなのかは分からないが、女性を女性として意識できる年齢であることは間違いない。たぶん学生時代ではないだろう。
なぜかいつも頭に浮かぶセリフが、
「君は面食いじゃないね」
というものだった。
自分は決して面食いではないかも知れない。しかし、その言葉を思い出すたびにある女性の顔が思い浮かぶのだが、それも一瞬で、自分なりに認識するところまではおぼつかない。しかし、いつも夢に出てくる顔であるということが認識できるのはなぜだろう。テレビを見ながら感じたのは、行ったこともないのに浮かんでくる風景が走馬灯のように頭を巡るからに違いないということだった。
ゆりえという女とは、間違いなく昨日初めて会ったはずである。しかし、以前からずっと知り合いだったような気がする。確かに時間がずれているとはいえ、いつも同じ席に座っているということをマスターから聞かされて、それが頭に残っているからなのかも知れない。
もう一度彼女に会って確かめたい。
一体何を?
彼女に会うことで何か私の中で一つのことが解決するような気がしていた。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次