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短編集6(過去作品)

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 会社が終わるのが、これほど待ち遠しいと思ったことはなかった。何となくウキウキし、言い方は悪いが、仕事など完全に上の空だった。
 昨日会った時のゆりえを思い出していた。最初はこれほど無愛想な女性がいるのかとも思ったほどで、まあ、自分も最初は緊張していたから相手にも同じ思いをさせてしまったかも知れない。そのためか昨日より今思い出している方が、よほど無愛想に思えてくるのである。
――マスターがいなかったら、絶対話しかけなかったな――
 と思いながらも、その時に自分から話しかけた時の心境を思い出していた。
 最初の一言を交わした時に感じたのは「懐かしさ」だった。その時から、初めて会ったような気がしなかった。「はじめまして」と言った時など、却って違和感を覚えたくらいである。
 集中していたわけではないので、終業時間までがやたらと長く感じた。急いで会社を出たが、後から考えてみると実のない仕事をしていただけあって、会社を出た瞬間から、その日の会社での時間があっという間であったことに気がついていたのかも知れない。
 目指すは喫茶「スワン」である。電車に乗って三十分、日が沈みつつあるのを横目に見ながら、
「日が沈むのも早くなったな」
 と、思わず呟いていた。
 そういえば昨日も同じ時間の同じ電車だったが、ここまで日が沈むのが早かっただろうか? 昨日も今日も快晴で、建物の影が一番長く感じる時間帯である。溜まっていた汗がスーっと引いていく時間帯でもあった。
 急にふっと思い出した。
「あ、そういえば今日、誕生日だったかな」
 二十歳を過ぎると、自分の誕生日すら忘れがちになるというが、確かにそうかも知れない。いや、それでも昨日までは覚えていたのだ。少なくとも昨日の夕方まで。その証拠に夕日を見ながら昨日も同じことを考えていたからだ。そう思いながら夕日を見ていると、落ち着いた気分になり、さっきまでの慌てていた気持ちが、自然と撫でられていくようだった。
 駅を降りる頃には、もう、慌てる気分ではなくなっていた。
 ゆっくりと、確実に歩は喫茶「スワン」へと向かっていた。昨日も歩いたこの道を、今日はその時の気分を思い出しなら歩いている。そうすると、とても落ち着いた気分になれるのだ。まるで母親の羊水の中に浸かっているがごとくであり、この時間が永遠に続かないかとまで思えてくる。
 こんなことは初めてだ。なるべく前向きに生きることを心情としてきた私が、昨日とはいえ、過去に浸っているなど考えられない。まるで未来への希望が見えて来ないような気がするからである。
 いつもの住宅地への角を曲がる。
「えっ」
 そこには見えてくるはずの喫茶「スワン」がないではないか。もちろん道を間違えたはずもない。私はゆっくりと前に進んだ。住宅地であると思っていた周辺は、森になっていて、日が沈むと寂しいところである。照明といえば電柱に掛かった街灯もまるで数十年前の粗末な傘に掛けられた裸電球があるだけである。
「あれ? 見覚えがあるぞ」
 今、目の前を二人の男女が街灯に照らされ長い影を引きずるようにして、寄り添いながら歩いていく。
 そう、昨夜の夢で見た二人の姿だ。後ろ姿であっても確認できる。それだけ昨日の夢をはっきりと思い出させるのだ。
 前を歩いている二人を見て感じたことは、
――今までがすれ違っていただけで、本来出会うべくして出会った二人なのだろうか? もしそうであるならば、昨日という日は何か特別な日だったのかも知れない――
 というものだった。
 それは二人に対しての私のことでもあるし、昨日出会ったゆりえのことに対してもかも知れない。
 偶然が重なった出会い。今、私は恐ろしいことを考えている。
 私とゆりえは、心中した男女の生まれ変わりではないか。そしてこの世に未練を残したまま亡くなっていった二人が私たちを借りて出会おうとしていたのかも知れないと。
 しかし自ら強引に断ち切った命、許されることではないのでは?
 そこまで私の頭で考えられたかどうか疑問である。
 そして、そのことに気付いたことへの後悔が私を襲う。一瞬の記憶がこの半年の記憶となり、過去へさかのぼるのだ。
 意識が次第に薄れていく。走馬灯のように浮かんでくる自分の人生は本当に自分のものだったのだろうか?
 それすら結論は出ないであろう。
 さてさて、今度気がついた時、どんな肉体に今までの記憶が封印されることになるのだろうか?


                (  完  )

    


作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次