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短編集6(過去作品)

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リセット



               リセット


 私が気にし始めたのはいつからだったのだろう?
 前にも気になっていたはずなのだが、どうも初めてのような気がする。気になったのであればつい最近しかないと思うのだが、思い出せないくらいなのだから、やはり初めてなのかも知れない。
「今日はどこに行きましょうか?」
 目の前に鎮座している女性は白いドレスに大きめの帽子をかぶった、お嬢様風である。その目は期待に胸膨らませ、私の言葉を今か今かと待っている。
「そうだな、どこがいい?」
 意識の中にある言葉ではない。本当は、
「君は一体誰なんだ?」
 と聞きたいところなのだ。だが、出てきた言葉は恋愛ドラマの一部として覚えているようなセリフだった。心に思っているセリフがまともに出てこないことから、ここが本当に自分の知っている世界なのかという疑問が湧いてくる。
――夢を見ているのだろうか?
 それにしては、寒さなどリアルに感じている自分が信じられない。
 ただ意識の中に、
――何となく知っている街と違うような気がする――
 という思いがあり、それがどこから来るのか分からないでいた。
 しかし、夢に現れる街並みは同じであった。
 いつも目の前に女性が現れる。はっきりと顔や恰好を覚えているわけではないのだが、同じ人物とはどうしても思えない。街はいつも同じところなのだが、現れる女性はいつも違う人なのである。
 もし夢で街並みが同じだと思うのなら、景色が目に焼きついているはずである。しかし景色が目に焼きついているわけではないのに、確信めいたものを感じるのはなぜなんだろう。
――すごく馴染みのある街並みで、そこに自分がいるということも自覚できるのだが――
 この思いが、さらに私を袋小路に追い詰める。街並みばかり考えると女性のことが気になり、今度は女性のことばかり考えていると街並みが気になってくる。まったくもって自分の頭が働いていないのを思い知らされるのだ。
 時間帯はまちまちだった。朝の時間もあるし、夕方もある。どうしてそれが分かるかと言うと、いつも最初は同じ場所から始めるからであって、その時の差してくる陽で分かるのだ。
 最初は朝だった。肌寒さが身に沁みてきて、時間の経過を感じることはないのに、陽が次第に高い位置になり、風が冷たさを感じさせなくなる。それによって朝だと自覚することができる。
 朝というと喧騒とした雰囲気がある。通勤や通学であわただしい時間帯、気分的にもあわただしいのだが、道を歩いているとそんな気持ちにはなれない。なぜなら、すれ違う人はおろか、目の前を歩く人、私の後ろから追いかけてくる人、そんな姿がまったく見られないからである。乾いた冷たい風だけが通り抜け、さらに冷たさを植えつける。それでいて線路の上を走り去る電車の中に満員の人の姿が見えるのは不思議なことだった。
 風が鼓膜を揺らしているのが分かる。聞こえるのはその音だけで、空を見ると低いところに位置している雲がかなりのスピードで流れている。かなり寒い時の空模様だ。寒さを感じて当たり前なのだ。
 木枯らしとはこのことをいうのだろう。地面に散乱した落ち葉が舞っている。それは鼓膜を揺らす風の音に呼応して感じられた。
「カッツーン、コッツーン」
 足音が乾いた空気の中響いている。
 全体に靄が掛かっていて、霜が降りているかも知れない。そういえば私もマフラーを巻いていることに気がついた。
 そういえば、ここで自分の恰好を気にしたことはなかった。どんな恰好をしているかなど関係ないことで、それよりも話しかけてくる女性を待っていることの方が、私には大切だった。
 気がつけば話しかけられていることもある。
 自分がこの世界に入り込んでから、それに気がつくまでの意識が朦朧とした時間帯、この時に話しかけられることも多く、その都度ドキッとさせられてしまうのだ。
 びっくりして振り返る。その時に私の中で一瞬イメージした女性が頭をよぎるのだが、振り返った時に想像した顔は、すでに忘れられている。
 声を掛けられるまでにだいぶ歩いているのだろう。自分の靴音は確認できるが、迫ってくる女性がどこから来るのか、彼女の靴音を確認することはできない。だが、一緒に歩き始めてからの音はよく分かる。いつもハイヒールを履いていた。
 同じ人物には思えない相手なのだが、行動パターンは皆同じだった。
「おはようございます。待たれましたか?」
 時間帯によって「おはよう」が「こんにちは」になったりするが、私が女性を待っていたのを見透かしたような口ぶりだ。
「ああ、少しね」
 本当なら、そんなに待ってないというべきなのだろうが、待っていたと言った方が女性たちは喜んでくれる。かくいう自分も異性に待ってもらったら嬉しいもので、きっとその気持ちがあるからそう答えるのだろう。
「ごめんなさい」
 頬を赤くして白い息を吐きながら答えるその顔には、安らぎを感じる。待っていても待っていなかったような気になるのは、そんな安らぎから来ているものかも知れない。
 ブルブルと震えている肩を抱いている。それも無意識のうちで、気がつけば抱いているのだ。たぶん意識してだと、恥ずかしさからまわりが気になってしまい、結局抱きしめるまでは行かないだろう。
 元々羞恥心など持ち合わせていないと思っていた私だが、それは思ったらすぐに行動に移すタイプだからだ、少しでも躊躇うと余計なことを考えてしまい、考えがまとまらず、無駄な時間を使ってしまうことを極端に嫌っていた。
 その日のデートは朝からだ。最初から女もデート目的だと分かっているはずだし、私もそのつもりである。それにしてもこんな早朝からのデートは初めてだった。
「とりあえず、朝ごはんでも食べようか」
 私のお腹はぺこぺこだった。彼女もそれには逆らわず、ペコリと頷いている。二人は踵を返し、来た道を歩き始めた。少し行けば駅があるはずで、正面のロータリーから入った商店街にはモーニングセットを食べさせてくれる喫茶店がいくつかあるはずだった。
 ゆっくりと私の後ろからついてくる彼女は寡黙だった。普通なら会話でもして雰囲気を和らげるのだが、今日の彼女は寡黙でも場が持たないような重苦しい空気になることはなかった。
 ゆっくり歩いてもすぐについてしまうのは、現実の世界ではないと思っているからだろうか。気がつけば駅前まで来ていた。その間に交わした会話もなく、ただ聞こえてくる彼女の息遣いだけが感じられた。息遣いといってもそれほど激しいものではなく、それだけまわりが静かなのだということの証明でもあった。
 思った通りに何軒か並んでいる喫茶店の中で、一番明るそうな店を選び入っていく。そこは二階に上がっていく店で、たぶん奥の窓から駅ロータリーが一望できるようになっていると思われた。彼女は私の行動に逆らうことなくついてくる。暗黙の了解というよりも最初から分かっていての行動だったのかも知れない。
 奥のテーブルに腰をかけると、想像通りに目の前に広がった駅ロータリーに自然と目が行く。彼女に至っては座る間から視線は表に向いていたのだ。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次