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短編集6(過去作品)

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「私もなんですよ。お友達は多いんですが、こういう話をする人がほとんどいなくて、失礼かとは思いながら、熱弁を振るってしまいました」
 彼女は苦笑いを浮かべながら初めて私の前で恥ずかしそうな素振りを見せた。
 その顔は今まで出会った女性に感じたことのない新鮮なもので、ひょっとして自分が探し求めていた女性に巡り会ったような気さえしてきたのだ。よく見ると決して今までの私では声を掛けることもないような雰囲気で、少なくとも自分のタイプではなかったはずなのに、大袈裟に言えば、自分の中で今までになかった何かが目覚めたような気がしたのは、彼女がまんざらでもなかったからかも知れない。
 本当はその日、そのまま別れるのはとてももったいない気がした。別にもう会えないというわけではないのに、会う約束をしたわけでもなく、たぶんまたこの店で会えるという何の根拠もない確信めいたものはあった。
 その日わたしは夢を見た。その夢にゆりえが出てきたのだが、何となく予感があってのことだった。それは別れ際に感じた彼女ともう一度店で会えるという、根拠よりも強い確信だったような気がする。
 果たして夢の中の彼女は、喫茶「スワン」での彼女とはかなり違っていた。
 彼女の知らなかった部分、自分が求めていたであろう部分、それが夢の中のゆりえにはあった。
「妖艶」といえば正しいのであろうか。私を見つめる目は、明らかに誘いかけているように見える気がして仕方がない。
 夢だと認識していたのかも知れない。
 次の瞬間の行動が何となくではあるが分かってしまっていた。しかし、肝心な部分はなぜか飛んでいて、気がつくと目が覚めた瞬間だった。
 と言っても、夢の中で目が覚めたのであって、それが夢の続きであることは隣に寝ているゆりえの暖かさを感じることがなかったことから分かったことだ。
 天井がやたら遠く感じる。
 ゆりえの暖かさを感じることはないが、なぜかシーツのザラザラさを感じていた。自分の中にあるものが本能として出てくるのであれば、シーツの感触は潜在意識の成せる業なのだが、ゆりえの肌の感触を想像することはさすがに無理だったとみえる。
 重さだけはしっかり感じることができる。夢の中でさえ目を瞑ると浮かんでくるゆりえの肢体、服の上からしか想像できないが、その華奢な身体のどこにこんな重みがあるのか不思議だった。
 重さはあるのに感触を味わうことができない。何と不思議な感覚なのだろう?
 まるで空気に重さがあって、それを感じているかのようである。
 やっぱり夢なんだ。
 心の中でそう呟いたが、心のどこかで夢でないような気がしていた。目を閉じて、想像したものが浮かんでくるなど本来なら信じられない。しかもそれが夢の中で感じたこと自体、夢うつつの自分に操られているような気さえしていた。
 身体の中からこみ上げてくるものを感じたが、それが先ほどまで自分がゆりえを愛していたのだという意識の現われだった。肝心な部分を覚えていないのは、身体が潜在意識に覚えこませたのかも知れない。
 次第にゆりえの身体が固くなってくるのを感じた。
 先ほどまでの不思議な感触に終止符が打たれようとしていた。しかもそれは最悪の状態を意味するかのようである。
 感じることができたのは、たぶん彼女の身体に固さを感じたからである。固くなった身体から次に想像することを潜在意識の中で無意識に拒否していたのかも知れない。
 なんと冷たいんだ。
 そう考えれば考えるほど、重みを感じる。左腕を枕に寝ている頭がまるで鉛のように、痺れを伴って私の腕を圧迫する。
 次第に身体を重ねていることが苦痛になるであろうことは想像がつく。しかし身体を動かすことはできない。まるで身体が金縛りにあったように動かないことは想像できたからだ。
 夢の中だと分かっていながら一生懸命に考えている。
 そして自分が見つけた結論を確かめることは、現実の世界より容易なことだった。いや、それは夢から醒めて思い出した時に感じることであって、その時どうだったかは、自分でも判断しきれない。
 だがその時の私には確信があった。横で寝ている女性がもう二度と目を覚ますことがないことを……。
 ゆっくり覗き込むが、痺れてしまって力の出せない腕で抱き起こすのは至難の技だった。
 本当に痺れだったのだろうか?
 そこに横たわっているのが何であるか大体の想像がついているため、それを確認することに覚悟がいるが、夢の中の潜在意識が痺れたような感覚を頭の中に植え付けたのかも知れない。シチュエーション的にも無理のないことだ。
 氷のような冷たさが当たっている身体の左半分は、すでに冷たくなっている。触らなくとも分かっていることだが、自分の心臓の鼓動だけを相手の身体に反射させることで、感じることができる。脈というものが規則的に同じ強さで打ち続けるものだと思っていた私は意外な気がした。
 強さが一定していない。
 鼓動が強ければ強いほど感じることであろう。強い中にもまるで休憩するかのごとく、少し弱めの鼓動を感じることができる。するとそれを意識することで、一回一回の違いを認識できるのだ。
 顔はすぐには確認できないが、夢の中で先ほどまで感じていたはずの妖艶なゆりえとはまったく違う。
 目をカッと見開いて、上目遣いに見つめられると、こちらが金縛りにあったような感じになるのだが、それでいて真っ赤な口紅が怪しく歪むとゾクッとするほどの冷たさを感じる不思議な女だ。はっきり言って今までの自分のタイプとはまったく違う女性で、お世辞にも綺麗とは言いがたい顔立ちが夢に見るほど印象深かったなど、信じられない。
 喫茶「スワン」で見たゆりえの表情からは信じられない顔を夢の中で想像しているのだ。それにしても勝手に想像しているにもかかわらずこれほどはっきりしているなど、もちろん今までになかったことである。
 胸の中に埋めている顔を起こしてみた。そこには私の知っているゆりえの顔があるはずであった。
「うっ」
 思わず声が出たような気がした。呻いたというより押し殺そうとした声が思わず出てしまったもので、無意識には違いない。
 そこに横たわっている女性、それはゆりえとは似ても似つかぬ女性で、思わず声が漏れそうになったのも仕方のないことかも知れない。
 私は驚いてベッドから身体を起こした。
 そこから先の記憶は完全に駆け足だった。
 走馬灯のように記憶が巡るというが、気がつけば目が覚めていて、女性の顔を見てから先があっという間だったのだ。
 断片的な記憶であるが、身体を起こした私の目の前にはなぜか鏡が広がっていて、そこに写った自分を見た私は戸惑ったのを覚えている。
 一体この人は誰なんだ?
 そこで完全に夢の記憶は途切れている。その瞬間に目が覚めたからだ。
 目が覚めてもしばらくは、じっと夢を思い出していた。少しずつ薄れいく夢の記憶を手繰りながら、ゆっくり確実に思い出そうという努力をしている。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次