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短編集6(過去作品)

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 身を乗り出して聞いた私は、たぶん目をカッと見開いていたことだろう。
「ええ、実は私もここに店を構えた時も、まるでここの場所に呼ばれたような気がしたくらいです。本当は候補地など、他にもいっぱいあったんですけどね」
 確かにそうかも知れない。わざわざこんな中途半端な場所に喫茶店を構えて、客が着かない可能性は大ではないか。常連客がついたからいいようなものの、もしそれがなかったらと考えると、やはりマスターの言葉にも説得力を感じる。だが、常連客ほど強く計算できるものもなく、賭けに成功したと言っても過言ではない。
「どの時間帯にお客さんが多いんですか?」
「そうだねぇ、まちまちだろうけど、そういえばなぜか吉岡くんが来る時間帯はなぜかいつも少ないね」
 私にとっては願ったり叶ったりである。
 確かにずっと店の雰囲気がこれだと、もうとっくに店を畳んでいても不思議ではない状況に思え、そう考えるとまんざらマスターの見栄でもなさそうだ。まあもっとも常連客の私に見栄を張ってみても仕方のないことであろうが。
 それが今までにマスターとした会話である。
 私がそのことを思い出していると、ゆりえが口を開いた。
「ここは私がいつも思い描いている店のイメージそのままなんですよ。この店に初めて来た時から、以前にも来たことがあったようなそんな感覚でしたよ」
「そういえば僕も初めて来た時、まるで今までに夢で見たことあるんじゃないかって思いがありましたよ」
 ゆりえが頷いている。
「私は喫茶店で本を読んでいる夢をよく見るんですよ。カウンターのいつもの席に座って熱心に本を読んでいる私を目で追っている。そんな夢ですね」
 と私が言うと、
「ええ、夢って自分を客観的に見ることが多いですよね。実は最初そんな夢を見るのは私だけかと思ってました」
「いやいや、そんなことはないよ。僕はいつもその人を自分だと意識しながら客観的に見てますね。だからふとした瞬間に、それが夢だって感じることがありますよ」
「夢ってずっと見ているようでも、実際は熟睡が覚めていく中のほんの少し見るだけだって聞いたことがありますよ。私もそう思います」
「目が覚めてから意識が徐々にはっきりしてくる中で、だんだんその夢が短く感じてくるんですよね。たぶん、ところどころ忘れていくんだと思いますよ」
「肝心な部分を忘れていくのかな?」
「繋がっているような夢でも、肝心なところを忘れてしまったら、まったく違った意識が残るでしょうね。意外とそれが夢の狙いのようなものかも知れませんね」
 そのあと夢談議に少し花が咲いた。そういえば、昨日の夢で誰かと同じような夢談議を交わしたような気がする。それだけに夢に対してこれだけはっきりとした考えが言葉となって現れたのだろう。
 次第に昨日見た夢を思い出してくる気がしてきた。
 確かに一緒に喫茶店に座って話した相手は女性だった。はっきりとした顔はもちろん浮かんでこないが、私が言おうとしたことを一拍早く彼女が口にする。とにかく頷いていたことだけははっきりと覚えているのだ。
 そのことを私はゆりえに話してみた。彼女はそれを聞いて別に驚きもせず平然とした顔で、
「そうですか」
 と頷いただけだった。
 夢のことを熱く語っていた彼女にしてはリアクションがおとなしかった。別に派手なリアクションを期待していたわけではないが、それにしてもおとなしい。
「私、大学の授業で夢について論文を書いたことがあるんです。もし、誰かが人の夢の中に現れたとして、それがお互いの意識の中ではっきりしたものだったらってですね」
「ほう、興味がありますね」
「でも、結論としてそれはありえない気がしてきたんですよ。パラドックスとでもいうんですか。同じ時間に同じ人が存在しえないっていうパラドックスがあるじゃないですか」
 タイムマシンの話で聞いたことがある。だから「タイムマシン」は存在しえないものだという考えを持っている私に、彼女の話は大いに興味をそそられた。
 もし他の人が自分と同じ夢を見ていたら……。
 もし一つの夢を二人で見ていたら……。
 私は頭の中で想像してみた。夢というのは考えてみれば突飛な内容を見ているようで、その実、自分の潜在意識が見せる物語に過ぎない。自分の意識の外で見るものであってはいけないのだと常々思ってきたことだ。それを考えると彼女の意見は私と同じなのかも知れない。
 だが、時々理屈では考えられない夢を見る時がある。それはまさに昨日見た夢に代表されるようなものだが、夢に見たことが将来に起こる正夢というものなのかも知れない。
 過去に同じような夢を見ていて、それをただ忘れてしまっているから偶然もう一度同じようなことが起こっても、いきなり夢が再現されたような気になってしまうのではないだろうか?
 だがその夢も見る瞬間までは覚えていて、見た瞬間に忘れるのか、それとも起きた瞬間に忘れるのかのどちらかだという気がしてならない。夢が潜在意識の成せる業という考えが、私の思考の域を出ないのである。
 ということは私はゆりえと以前に面識があるのだろうか?
 思い切って訊ねてみた。
「以前にお会いしたことなどありませんよね?」
「この店でですか?」
「そうとは限らないのですが、どうも今日初めてお会いした気がしないんですよ」
「実は私もそうなんですが、でも初対面には違いないと思いますよ」
 そう言いながらゆりえの眼差しは私の目を捉えて離さない。別に睨んでいるような感じではないが、その研ぎ澄まされた眼差しからしばらく逃れられないような気がした。
 まるで獲物を狙う鷹のように、視線を逸らすと飛びかかられそうで、視線を逸らすタイミングを計っている自分に気付いていた。
 畳み掛けるような会話でもなく、白熱した濃い内容ではあったが、言葉の一つ一つに緊張感を感じ、時間が思ったより短く感じた。時計を見ればすでに午後九時をだいぶ回っていた。店は九時までということで閉店準備に余念のないマスターにすら気付かずに進められた会話も一段落した。
「時間があっという間に過ぎてしまいましたね」
 私はそう言いながらゆりえの顔を見た。
「ええ」
「少し疲れましたか?」
「いいえ、とても楽しいお話ができました」
 最初はさほど感じなかったゆりえに対して、初めてドキッとした時があったとすれば、この瞬間だっただろう。
 話が白熱し、お互い意見を闘わせる中で、相手の表情から気持ちを探ろうとすることに必死で、相手の真の顔を見ることを忘れていたのかも知れない。何となく疲れたような表情に見えたのは彼女も同じことだったからだろうし、たぶん、私も彼女のように疲れた顔をしているに違いない。
 さっきまで相手の目を捉えて離さなかった彼女の視線は定まることなくあらぬ方向を見つめている。喉がやたらと渇くのか、お冷を口に運ぶ回数も最後はどんどん増えていった。
「そういえば、こんなに一人の人と一生懸命に話をしたことなどなかったですね」
 ゆりえが呟くように言った。
「私もですよ。数人でワイワイとくだらない話に花を咲かせることはありましたが、ここまではないですね。でも、実はこういう話は好きな方ですね」
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次