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短編集6(過去作品)

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奇妙な生まれ変わり



               奇妙な生まれ変わり


「君はあまり面食いじゃないね」
 友達から言われたことがある。
 私はそう言われて言い返せなかった。言い返せば言い訳になるわけではないが、だからといってまんざら嘘でもないのかも知れない。今まで意識したことないだけで、言われて初めて自覚したと言った方が的を得ているだろう。
 最近私に彼女ができた。付き合い始めて半年、友達から言われるまで自覚はなかったが、「やはり」
 と感じたのは、彼女を初めて客観的に見たからかも知れない。
 偶然が幾重にも重なった出会い、それが彼女との出会いだったのだ。
 時々、この半年が走馬灯のように一瞬で終わってしまうような感覚に襲われる。特にここ最近は毎日であった。
 彼女、名前を「ゆりえ」という。漢字で書くのではなく、ひらがなだ。漢字にすればいくつものパターンがあるのだろうが、最初に言葉で聞いた時、私にはひらがなしか思い浮かばなかった。
 私たちが初めて出会ったのは喫茶店であった。そこの店は私が常連として利用している店だったが、ゆりえも常連になりかかっている頃だったらしい。そのことをマスターから聞かされてびっくりしたが、どうやらお互い利用時間がずれていることから、出会わなかったことへの納得がついたのだ。
――もし、同じ時間帯に利用していても、すぐに彼女を意識したであろうか?
 そんな気持ちが頭をよぎった。
 決して初めて意識した時も愛想のよい表情に見えず、自分から声を掛けたくなるタイプではない。話をするきっかけだってマスターが作ってくれたようなもので、ちょうど店内に誰もいなかったことが、その場の雰囲気を演出したのかも知れない。
 女性と面と向かって話をすることはそれほど苦手ではない。しかしその時の私は最初だけであるが、必要以上に相手を意識してしまって、言葉がなかなか出てこないことに少しイライラ感すらあった。
――自分らしくない――
 と思いながらであった。
 白壁が綺麗で遠くから見て結構目立つこの店は、住宅地から少し離れたところに位置していることから、常連がどうしても多くなる。喫茶店でゆっくりすることが好きな私にとっては最高で、それまでしていた他の喫茶店めぐりもそれからはほとんどなくなり、この店一本になった。
 名前を喫茶「スワン」といい、いかにも湖に悠々と浮かぶ白鳥を思わせ、限りない白さを感じる店であった。
 店内はバンガローのような木材を基調とした造りになっていて、それでいて潔白を思わせる清潔感を感じる。表から見ているよりはるかに広さを感じるのは、席と席の間が広いゆったりとした設計になっているからに違いない。ところどころに置かれた大きな観葉植物が決して景観の邪魔になることもない。
「いらっしゃい」
 マスターが声を掛けてくれて中に入ると、その日は珍しく客はほとんどいなかった。
 ほとんどテーブルを使うことのない私は店内をぐるりと見渡しただけで、あとはカウンターしか見ていなかった。テーブルに誰も客がいないそんな中で、カウンターにいたのが、ゆりえ一人だけだったのである。
 その時はまったく意識しなかった。最初彼女と少し離れたところに座ろうとした私を制して、マスターが彼女の横を指さしたが、その時も違和感を感じることなく、ゆりえの横に腰を下ろした。
 元々女性の隣に座ると緊張する方ではないが、失礼にあたるのでは、という気を遣う方である。特に私が店内に入ってからチラッと見ただけで、後は正面をずっと向いている彼女のようなタイプに気を遣うだろうことは目に見えていたからだ。
「横、失礼します」
「あ、いえ、どうぞ」
 声もなんとなくぎこちない。
 少なくとも社交性のある方ではないだろう。見ているようで、完全にこちらを向いていないその顔に、視線もあらぬ方向を向いていた気がする。
「吉岡くんはこの時間の常連だからね」
 そういって私の方を指差し、その指で彼女を指差しながら私を振り返り、
「こちらゆりえさん、同じく常連の一人です。本当ならいつもはもう少し早い時間に来ているんだけどね」
 マスターが紹介している間もただ正面を向きながら、コクッと頭を垂れただけである。マスターの紹介がなければ、これからもずっと話をすることなどないだろうと思う相手である。
 だが、出会いというのはどこにどう転がっているか分からない。いつもこの店に来て、常連仲間がいれば、世間話などに花を咲かせる時間を作り、いなければいないで持参の文庫本を読むという一人の時間を楽しむことが多い。私にとってそれが贅沢な時間と空間の過ごし方で、ここはそれができる場所であり、決して他では味わえないのだ。
「はじめまして、吉岡聡といいます」
「私、山下ゆりえです。よろしくお願いします」
 直視しての挨拶ではないが、言葉ははっきりと丁寧な口調だった。一応しっかりと頭を垂れての挨拶なので、それなりに気持ちいい。思わず私も笑みが零れた。
 声は思ったより高く、震えていた。極度の緊張が彼女を襲っていることが判断でき、それだけ恥ずかしがり屋であることを示していた。
 彼女は決して私のタイプとは言いがたかった。
 私はどちらかというと相手の表情や目を見て性格を判断し、それによっての好き嫌いをする。だからインスピレーションを信じるタイプであり、それだけに第一印象が大切な方だった。
 彼女の場合の第一印象はあまりいいものとは限らない。まともに顔を見てくれないのだから、性格判断もくそもない。しかしそれでも言葉の丁寧さと恥ずかしがり屋という性格から考えると決して嫌いなタイプでないことに間違いはない。むしろ声の質は私好みであった。
――神秘的な感じがする――
 何となく謎のベールに包まれているような彼女をじっと見つめていると、さらに深く頭を垂れた。それでも他愛もない会話を続けているうちに少しずつ緊張がほぐれていったのか、次第に頭が上がってきて、チラチラとであるが視線を感じるようになった。
 感性が同じなのかな?
 最初の方で話した仕事のことにはまったく興味を示さなかったゆりえだったが、途中から趣味である読書の話になってくると、俄然興味を示し始めた。どんなジャンルを読んでいて、どんな作風が好きなのかというあたりまで話してくると、逆に話したくてウズウズしている様子を垣間見ることができた。
 ホラーが好きな私だったが、サイコホラーやオカルトの類は苦手で、どちらかというと日常の中で起こる奇妙な話の愛読者だった。
 それもどんな人にでも起こりそうな、どこかにその世界を垣間見る、見えない壁のようなものがあって、ちょっとした拍子にそちらの世界に入り込んだりしても、その人にはまったく自覚がないといったストーリーが好きなことを彼女に熱く語り出したのだ。
 元々私は興味のあることを話し出すと知らず知らずのうちに熱弁を振るっていて、
「そんなに怒るなよ」
 とおどおどとした様子で言われ、初めて我に返るところがある。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次