短編集6(過去作品)
いや、時間に流されるというよりも、時間という観念がなく、暗闇の中のイメージが私の中にあった。それは少しでも過去のことを思い出そうとすると浮かんでくることで、それ以外の過去を思い出そうとすることができないのは不思議だった。
――過去を思い出せない?
そう感じた時、今現在が果たして現実なのかという疑問が頭をもたげる。
――だが、夢の中のような気もしない――
夢の中で、これほどしっかりした感覚があるとは思えない。というよりも、夢の中で感じたことを自分が夢だと意識すること自体考えられない。意識したとしても、夢から醒めていくにしたがって、現実が夢での思いを消し去るのである。
――もし同じ人生を繰り返すとしても、ありさに出会ったら好きになるだろうか?
それはいつも思っていたことだった。
ありさと付き合ったことに後悔はない。彼女は私に大いに尽くしてくれるし、少なくとも愛し合ったことはよかったと思っている。
――もし違う人生がどこかに存在するとしたら?
ありさ以外のことでも、時々考えてしまう。特に最近頻繁で、しかも、ありさとの別れのシーンが生々しく頭に描くことができてしまっていた。
本質は一つなのだろうが、幾重にも折り重なった記憶のように重たいものを感じる。
私の知らないありさの世界……。
きっと夢の中の喫茶店で、よく見かける女性はありさに違いない。他にも私の知らないありさの持っている世界を垣間見ているのかも知れないが、記憶として残っているのは、喫茶店でのありさだった。
――本当に夢なのだろうか?
背景は完全に大正時代。歴史で習った雰囲気と、本で読んだ雰囲気とが折り重なって出来上がる世界しか知らないので、ありさの世界が少しそれとかけ離れていることから、現実と夢の境目が分からなくなってきている。
私も大正時代にいるような感覚ではあるのだが、どうしても自分だけが現代の人間だという自覚があるのか、どうしても現実のものだとは思えない。
しかし、それは後になって思うことだろう。
実際に見ている時は自分もその世界にドップリと浸かっているような気がして仕方がない。
――いや、逆なのかな?
ありさと付き合っていた頃の記憶が、何となく薄らいでくる。
しかも、途中で完全に切れているのだ。
ありさの断末魔の表情が、生々しく思い出される。そして私に起こった激痛が意識とともに遠のいていく時、私の記憶は過去へと戻ってしまう。
それも一度や二度のことではない。途切れてしまった記憶はそのまま私を過去へと誘うのだ。
――人生をやり直している?
と何度感じたことか……。ありさと出会った頃からの人生である。
だが、肝心なところは同じなのである。
――ありさが嫌いになっても、もし人生をやり直しているとしても、ありさと付き合うことになるだろう――
そんな思いがいつも頭にあった。しかしありさがいつも同じとは限らない。私のことを好きになってくれて相思相愛ではあるのだが、時々まったく違うありさに出会ってしまうことがある。
それはきっと、私自身がまったく違う人格になっているからなのかも知れない。
自分で分かっていないが、自分の中にあるもう一人の自分が表に出てくることで、ありさももう一人の自分好みの女性となって現れるのだろう。
何と自分中心な世界なのだろう。それゆえ、夢だと思ってしまうのかも知れない。
――醒めることのない、永遠の夢……
私にはそう感じられる。
それが私の運命……。
普通の夢であれば、いつかは醒めるであろう。
だが人生を繰り返しているこの夢は、決して醒めることはないであろう。
なぜなら、肉体から離れた意識が見せる夢なのだから……。
( 完 )
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次