短編集6(過去作品)
私はそんなありさに惹かれていった。あっさりしているように見え、その実私にいつも気を遣ってくれているありさは、他の人と接する時の態度と私に接する態度とでは、明らかに違っていた。
「彼女は人見知りするタイプだわ」
きっと他の人はそう思っていることだろう。
私も実は最初にそう思っていた。
友達の紹介で知り合ったので、最初はグループ交際のようなことから始まったのだが、彼女に話しかける男性もいなければ、彼女から男性に話しかけることもなかった。
そんな時話しかけたのが、私だったのだ。
「今度、一緒にお茶でもいかがですか?」
「えっ、ええ、いいですよ」
明らかに戸惑って見せたありさだったが、まんざらでもなかったのか、初めて二人のデートの時には、すでに明るい表情をしていて、いかにもと言ったデートを楽しむことができた。
――これが本当のありさなんだ――
他の人に対するありさの態度は相変わらず煮え切らないような、本当に人見知りタイプだった。しかし一旦開いた心を見てしまうと、それを彼女の本当の姿として頭に焼き付けるのはごく自然な感情だった。
――私だけに本当の自分を見せてくれるんだ――
そう思うだけで言葉はいらなかった。
デートでは、なるべく自分を知ってもらいたく思い、ありさに包み隠さず話してきた。しかしありさの方から過去のことを話してくれる気配はない。私がさりげなく聞こうとしても、口をつぐんでしまうのだ。
それだけにありさが処女でなかったと分かった時はそれなりにショックもあった。しかし、包み込むように私を見つめる初めての夜のありさの魔力に掛かってしまったのも事実で、妖艶な雰囲気が私を包み、そのイメージが最後まで頭から離れなかった。
普通にデートしている時は、私がイメージする「デート」そのもので、誰が見ても「仲睦ましいカップル」だったはずである。ありさを知る人たちから見れば、信じられない光景だろう。だが、私も一度ガールフレンドの一人から言われたことがある。
「あなた、ありささんといる時、いつもと違うわ」
別に皮肉っぽい言われ方ではなかったが、その女性に何となく含み笑いを感じたのは、まるで私を誘っているのではないかと思えたほどで、以前であれば間違いなくその日に身体を重ねていたであろう。
「それじゃあ」
そう言ってあっさり帰ろうとする私の姿を見ながら、またしても含み笑いを浮かべ、
「思ったとおり、それが本当のあなたなのかもね」
と言われた。
最初の含み笑いとは明らかに違い、その表情にあっさりとしたものを感じたのは気のせいではないだろう。
ありさは気の強い女性である。それは百も承知だったのだが、私に対する態度から、すっかりそのことを忘れさせられていた。私にはいつも従順で、押し付けがましくなく、「自然」という言葉が一番似合うカップルだと自負していた。会話の中でも時々「自然」という言葉が違和感なく何度も出てきて、それが二人の間でのキーワードになっているかのようだった。
しかしいつからだっただろう。
一瞬私に見えない時があった。自分の性格や立場すべてを分かっていてくれたはずのありさだったが、私もそんなありさのことが、無意識に見えていたのかも知れない。
甘えがあったのだ。
いつも私のことを理解してくれていると思っていたありさを、心のどこかで理解している……。そこに間違いはない。しかし、それはすべて自分に都合のよい解釈であったことは否定できない。そのため、ありさが私に従順であって当たり前だと思っていた。
――従順でなければ、ありさではない――
そこまで思っていたとしても仕方がないと思うのも、甘えからである。普通に付き合っている時はそれでよかっただけである。
そんな私にありさが理解できない時がやっていたのだ。あれだけくだらない話であっても、会話の途切れることのなかったのに、ありさがまったく私に話しかけてくれなくなった。
しかしそれも思い過ごしであった。
ゆっくり考えればそこまでなるまでに、徐々に会話が減っていたのである。いつしかありさから話しかけてくれることが当たり前となり、それが自分の神経を麻痺させたのか、安心しきっていた私に会話が徐々に減ってきていることへの危惧は感じることもなかったのだ。
――気がついた時には、すでに火の手はどうしようもないところまで来ていた――
そんな心境である。
こうなってしまうと、もうどうしようもなかった。
今まで一番の理解者が、まったく手の届かないところへ行ってしまったのだ。そばにいて当然だった存在が、急に目の前から消え、それを受け入れられるだけの心の準備など、あろうはずもなかった。
今までありさがいてくれたことで乗り切れた試練もあったはずだ。
ただそばにいてくれるだけが、どれだけ心強いか、それを思い知った時はすでに「あとのまつり」なのだ。
ありさにとっての私はどうだったのだろう?
ありさにとっても私が思っていたと同じような存在だったと、今でも思っている。
――お互いを向上しあえる仲――
これが二人の共通の思いだったはずである。それだけに喧嘩になることもなく、
「あなたが、喧嘩になるようなことをしないのよ」
と言っていたセリフに裏付けられている気がして仕方がない。
それだけに相手が自分の想像の範囲を超える行動を取ったらどうなるのだろう?
ありさも私も同じ思いでいっぱいかも知れない。戸惑いは思わぬ言葉となって現れ、今までしたことのない罵り合いに発展し、喧嘩状態になるのではないだろうか?
まったく予想もしえない展開に、戸惑いを隠せない二人……。
しかし顔をよく見ると、それほど怒っているように見えないから不思議だった。言葉だけ聞いていると殴りかかりたいほどの心境なのだが、それを思いとどまるのは、表情が穏やかだからであろう。本来なら、今までずっと一緒にいて好きだったはずの相手から罵倒されるのである。怒りがこみ上げてこないはずがないのにである。
――人生をやり直すことができたら――
そう思っているのは私だけではないだろう。
今私は人生をやり直しているような気がする。最初は夢だったのかも知れないが、同じシチュエーションを繰り返している。以前にも同じような思いをしたことに間違いなく、何度考えてもそれは意識の中にあったものに違いなかった。
その時の私の取った行動を細かく覚えていないし、結末がどうだったかという肝心な部分は完全に闇の中だった。
しかし確実に同じ思いを繰り返しているという暗示は私の中にあり、それが最悪の結末を止めることができるためだとすると、今の私の思考能力には重大な責任がある。
――こんなプレッシャーはたまらない――
どう思ってみても、押し寄せてくる時間を止めることもできず、必死で以前に感じた思いを思い出そうとしていた。
そう思ってみると不思議だった。
――最近、あまり考えるなんてことしたことがないような気がする――
時間に流された生活をしていたのだろうか?
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次