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短編集6(過去作品)

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 信じないことを分かっていて、ある日まるで独り言のように呟いた。
「ああ、信じる方じゃないね。いきなりどうしたんだい。そんなことは前から分かっていることじゃないか」
「ええ、そうね。でも私たちあまりいい相性とは言えないらしいの」
 かなり以前から凝っていたので、それくらいのことは分かっていたはずなのに、今さら何を言い出すのか、その真意が分かりかねる。
「まさか、別れようとか思ってるんじゃないだろうね?」
「そんなことないわよ」
 そう言って、ありさはしばらく黙り込んでしまった。
 自分で見て感じた私に対して、嫌いになったから別れるということであれば、しっかり納得しあった上であるなら、それは仕方のないことだと常々考えている。それは私たち二人だけではなく、他のカップルの大半は同じ考えだろう。相手を嫌いになることや、他に好きな人ができてしまうのは、理不尽なことではあっても人間である以上、しかもお互い他人であるがゆえに、仕方のないことだ。
――占いなんかで、俺の人生を決められてたまるか――
 学生時代だったであろうか、暇に任せて街中を徘徊していた時、何の考えもなく手相占い師の前に座ったことがあった。
「あなたは、あまりにも人の言うことを信じるタイプです。しかし、その本質は絶えず人に疑いの目を向けているというもので、それがあなたの本能なのでしょう。無意識なのでしょうがそれを認めたくないあなたは、とりあえず相手のいうことをすべて信じようとしてしまうでしょう。それによって傷つくこともあると思いますし、騙されやすくもなります……」
 他にもいろいろ語っていたが、他のことは忘れてしまった。
 覚えているのは、その言葉に関することだけである。
 ほとんど当たっていると思った。無意識の部分まで言い当てられてさすがにびっくりしたが、それまでに実害らしいものもなかったことで、表に出ることはなかった。
 そういえば、こんなことも言っていた。
「あなたは今まで自分に対し、実害がないとお思いですね?」
「ええ、だからあまり意識がありませんでしたが」
「いや、あなたはそうご自分で思っているだけです。そして気持ちを封印なされているだけかも知れませんよ」
 言われてみれば、そんなこともあるだろう。
 占い師は続ける。
「それがあなたの自衛本能というものです。いい言い方をしますと『お人好し』、悪い言い方をしますと『都合の悪いことは忘れてしまう』ということですね」
 思わず納得して、頭を下げっぱなしになった。
 しかし後が悪かった。
 占い師はここぞとばかりに、自分のところで作ったという霊験新たかな『商品』の売りつけに走ったのである。
 最初はそれもそうかと感じていたが、急に「その手に乗るか」と感じてしまうと、無性に腹が立ってきた。一旦そう感じるとせっかくの説法が薄っぺらいものに感じられるようになってしまった。そんな私の心変わりも分からない占い師に対し、一気に醒めてしまった私は、それから占いなるものを信じなくなったのだ。
 しかしなぜかその時言われた私の性格判断だけは頭に残っていて、事あるごとに思い出すようになっていったのである。
「時々、私あなたが信じられない日があるの」
「それは『日』なのかい?」
「ええ、『日』なの。一日一日で、私の心境って違うのね」
 それは私にも言えることであった。
 夜寝る前と、次の日朝起きた時とで全然気分が違うのだ。
 きっと夢を見ているからだと思う。夢の内容は覚えていないのだが、前の日に寝る前の心境だけは覚えている。しかし寝る前の心境になるまでのそれ以前の記憶というのがまったく頭から消えているのが不思議だった。
――記憶が繋がらない――
 断片的には覚えている。それが記憶として繋がらないのは、漠然としてしか生きていないからだろうか?
 そんなことを考えたこともあるが、逆ではないかという考えも頭をよぎる。
――あまりにもその時々を真剣に考えているから、繋がらないのでは?
 人の記憶能力がどれほどのものか分からない。そして記憶したものを引き出して、意識としての処理能力にも限界があるのではないだろうかと常々考えている。何の疑問も持たずに普通に生活していれば、処理能力がいかんなく発揮できるのかも知れない。しかし、どんなことにでも一旦は疑問を持たないと気がすまないタイプの私なので、それもいたし方ない。
――ありさも私と同じようなタイプかも知れない――
 よくよく考えてみれば、その途中で見る夢というのが、大きく影響しているような気がする。
 あまりにも印象に深い夢であれば、目が覚めた時に、見ていた夢と前日の記憶とが重なり合って、それが寝る前に感じたことへと繋がるのかも知れない。そして時系列など関係のない夢のせいで、それ以前の記憶が封印されたとしても、仕方がないと思えてしまう。
――夢というのは魔力なのかな?
 以前の記憶を封印させるに十分な夢を見れるということは、それだけ仕舞い込んだ記憶に強烈なものがあるのかも知れない。夢が自分の潜在意識によって見るものだという考えは誰しも持っていることだろう。
 そういえば、私の夢の中にありさが出てくることは希だった。
――本当に愛しているのだろうか?
 そこまで考えたこともある。
 一度私もありさに聞いたことがある。
「俺の夢とか、よく見るかい?」
「それが、ほとんど記憶にないのよ」
 それが答えだった。
 その時はそれだけのことだったのだが、その時私がそれ以上追求しなかったことをありさはどう感じたであろう。ひょっとして私も同じように相手の夢を見ないと感じたのであろうか?
 しかし今から考えれば納得もできる。印象に残るはずのことこそ、記憶の奥に仕舞いこまれてしまうのではないかということを……。そして、それが忘れかけた頃にふと思い出すことがある。
――どこかで感じたシチュエーション?
 ありさと一緒にいる時たまに感じるのは、そういうことだったのかも知れない。夢に見る喫茶店も、そうであった。
 そういう意味でありさとの突然の別れにも、私はそれほどの驚愕はなかった。むしろ想像は容易だったという思いが強く、あっさりとした気分とまでは行かないが、ありさの一言一言に納得できる自分がいる。
 気持ち的にはあっさりしたものだったのかも知れない。そんな罵り合うなど考えられない私だったが、なぜ罵り合いなどになったのだろう?
 だが、まったく想像できなかったわけではない。
 ありさと今まで喧嘩したことなど一度もなかった。喧嘩になろうはずがないほど、お互いの神経を逆なですることはなかった。
 ありさと付き合いだしてから、少しだけ他の女性とも交流はあったが、浮気をしていたわけではない。ありさに決めたら、他の女性とはただの友達になってしまったのだ。ほかの女性もそれは分かっていたかのようで、皆あっさりしたものだった。もちろん、私以外にボーイフレンドがたくさんいる女性ばかりだったからでもあるが、そんなあっさりした付き合いに私が向いていたことも否定できないだろう。そんな時知り合ったありさは、彼女たちの中に入ったら、やはり異色な部類だったのかも知れない。
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次