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短編集6(過去作品)

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 他の客はほとんど印象に残らないのだが、同じシチュエーションで現れるその女性だけは妙に印象に残っている。
 いつも同じ夢を見ているせいか、彼女とは初対面という気がしない。
 それはこのシーンだけに限ったことではなく、以前にもどこかで見かけたような気がしてならないからだ。
 しかも彼女の顔が確認できるわけではない。帽子を目深にかぶり、影になった唇がかろうじて分かる程度である。
 気のせいか、その唇が怪しく歪んでいるようにも見える。不敵な笑みにも見えるが、妖艶なその雰囲気は一度見ただけで、かなり印象に残ってしまう。白ずくめの衣装に白い肌、
少し淫靡に歪んでいると言っても過言ではない。
 完全に釘付けになった視線を元に戻すには大変だった。
 私の後ろを通り過ぎた彼女の姿を追おうと躍起になっていたが、気がつけばいつも反対側の隣の席に腰掛けている。
――いつの間に――
 音もなく、気配もなく、ス〜っと現れるのである。夢だという自覚があるにもかかわらず、何となく気持ちが悪い。
 彼女はまるで私の存在に気がつかないかのごとく、正面を向いてコーヒーカップを口元に近づけている。それを恐る恐る覗き込むが、彼女はまったく気付かない。
――私が隣にいることを意識しないのだろうか?
 無視しているのとは少し違う。
 私から見て、彼女の気配をどうしても感じることができない。静かであればあるほど感じるであろう心臓の鼓動を感じることができないのだ。
――あれ? 自分もだ――
 彼女の心臓の鼓動はおろか、相手に集中すれば感じられるはずの自分の心臓の鼓動すら感じることができないことに気付いた。確かに夢の中なのでそれも当然なのかも知れないが、逆に夢の中だと感じることができるのは、それだけ自分が冷静なのかも知れない。
――きっと、ここは彼女にとっての「贅沢な時間」が持てるスペースに違いない――
 それが彼女を見ていての結論である。
 本を読んでいるでなし、ただ虚空を見つめているだけである。
 カウンターの奥にあるグラスケースが、彼女の目の前に並んでいるが、それを見つめているのだろうか?
 いや、私にはただ虚空を見つめているだけにしか見えないのだ。
 そして、私の夢はいつもそこで終わるのだった。
 夢というのは、見ている時にどれだけ長い内容だったかと思っていてもそこから醒めるにしたがって、次第に短くなっていく運命なのだ。
 しかもどんなに長い夢であっても、見ている時間というのは、目が覚める寸前の短い期間だと聞いたことがある。それだけに内容の如何にかかわらず、現実というものに叶うものではないというのが私の考え方だ。
 しかし不思議だった。
 思い返そうとするのだが、彼女の顔が浮かんできそうにない。何とか思い出そうとしてはみるが、無駄な努力だった。
 本当は、思い出せないだけで、彼女の顔をはっきり見ているのではないかという考え方と、もう一つは以前に見た夢の中では、はっきりと見えていたにもかかわらず、最近見る夢では、急に確認できなくなった、という思いである。
 あとから思い返すと後者のような気がしてくる。確かに唇だけが怪しく歪む表情を見て「妖艶」な彼女を想像していたという記憶だけは生々しく残っているからだ。
 彼女の存在が私の中で薄くなってきたのだろうか?
 同じ夢を何度か見ていたが、それを感じたのは最近かも知れない。それまではただ、思い出せないことへの疑問だけが、頭の中に残っていたからだ。
 しかし、存在が薄いのではと感じるようになってからであろうか、彼女が出てくる夢を頻繁に見るようになった。
 まったく同じシチュエーションである。
 起きている時、撮っておいたビデオを何度も見ることがある。ブラウン管を凝視しているようで、何気なく見ているのだ。例えばテレビを見ていて流れるCMにしても同じことが言える。傍から見ていてブラウン管に集中しているようでも、実際は流れる画面を目で追っているだけだ。これは私だけに限ったことではないのだろう。思うに、同じCMを何度も見ているので集中しているようでも、目が追っているだけになっているのだ。漠然と見ていることで頭が休憩していると思っているのかも知れない。
 同じことで、夢に出てくる女性を見ている私もそうなのだ。いつも同じシチュエーションを見ることで、次の展開も読めてくるはずなのだが考えようとしても思い浮かばない。集中しているようで、どこか上の空の自分を感じる。
 以前より頻繁に見始めたと思うようになったのは、それだけ集中力に欠けてきたからだろう。集中して彼女を見ているつもりで、薄くなっていく存在……。それが私の中で、自覚できた時、初めて彼女を意識し始めたのかも知れない。
――きっと同じ思いで見ている女性が、現実にいるのだ――
 どうしてそのことに今まで気付かなかったのだろう?
 夢が自分の中にある潜在意識によって作られるものであるならば、それは至極自然な考え方のはずである。そして私なら即座にそのくらいのことは理解できるであろうと自負している。きっと、あまりにも現実離れしている夢だと、起きた瞬間に悟るからに違いない。
 現実に知っている女性を思い浮かべながら、夢を思い出してみる。数人該当者がいる中で思い浮かぶのは、ありさしかいなかった。
 その時まで、ありさは数人いるガールフレンドの一人でしかなかったのだが、夢を思い浮かべる中で「この人しかいない」と感じたありさは、その時から私の中で大きな存在となっていった。
 それまでの私は数人と普通に付き合いながら、一番自分に相応しい人を模索していた。悪く言えば天秤に架けていたわけだが、付き合っていた女性には、自分にガールフレンドが多いことは告げていたので、別に後ろめたさはなかった。それでもいいというような女性ばかりと付き合っていたのだが、私はそれほど自分がプレイボーイだとは思っていない。
――中にはこの俺を悪いやつだと思っている女性もいるだろう――
 それは否定できなかった。心の中まで覗けるほど、洞察力の鋭い男だとは思っていないし、特に異性のことは神秘だと思っているので、分からない部分も多い。なぜなら身体の作りが元々違うのだし、究極はお互いを補うことで得られる快感を追い求めることだと思っているからである。
 もちろん、付き合っていた女性のほとんどすべてと、心の隙間を補うことで快感を得てきた。そこには決して身体だけではない「欲」が存在し、それを自覚しているから快感がさらに強いものとして私を襲ったに違いない。相手にしてもそうだったであろう。
 ありさは、どちらかというと占いの類を信じるタイプの女性だった。星座占いから血液型、その辺りの本は一通り揃っていたようだ。
 私はあまり信じる方ではなく、興味もまったくなかったので、その話をありさとしたことはない。それでも、信心深い方ではあったので、いtsも踏み出す足をどちらかに決めていたりはしていた。
 ありさには不思議だったのだろう。占いは信じないくせに、迷信めいたことを無意識とは言えしている私を、たまにおかしな目で見ていたような気がする。
「あなたは信じないでしょうね。占いなんて」
作品名:短編集6(過去作品) 作家名:森本晃次