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柿の木の秘密

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「どこまで理解いただけるか難しいとは思いますが、できるだけお話しましょう。でも、本当は実際に本人から聞かないと分からないところもあると思うので、そこはご了承ください」
「ええ」
 本人が話すのと、他人の口からの又聞きでは、天と地の差があることだろう。思い込みや勘違いも起こりかねない。しかし、本人が話をしてくれるはずもないので、とりあえず理解できるところまででも話が繋がればいいと思っている。武明はマスターの話と、今まで自分が見てきた杉下老人を思い出しながら、話を聞くことにした。
「まず、どこから話せばいいかな?」
 と言いながら、マスターはコーヒーを一杯、口に含んだ。
「須藤さんは、杉下老人の息子夫婦が独立して家を出たのをご存知ですよね?」
「ええ、もちろん知っています」
「しばらくすぎ下老人は一人になって、孤独を味わっていたようなんですが、本人はそれを寂しいとは思っていなかったんです。しばらくしてから老人は風俗に通うようになって、それまでの自分の人生にはなかったものを見つけたと言っていました」
「やっぱり、寂しかったんですかね?」
「そうではないようですよ。寂しさの中からでは、決して見つけることのできないものを見つけたと言っていましたからね。お金がある間は、ずっと風俗に通ってもいいとまで言っていましたよ」
「そんなにのめりこんでいたんですか? そんなに風俗というのはいいものなんでしょうか?」
「杉下さんにとってはいいものだったのかも知れませんね。杉下さんは、風俗に通っていると言っても、他の人とは少しパターンが違っていたんです」
「それはどういうことですか?」
「普通の人であれば、お気に入りの女の子が現れれば、その子をずっと指名するものですよね。また、人によっては、お気に入りの子を決めることなく、ただ、いろいろな女の子で楽しみたいと思っている人もいるでしょう。杉下老人は、結構早い段階でお気に入りの女の子を見つけたようで、その子をずっと指名するつもりだったようなんですが、彼女が風俗を辞めるということになり、杉下老人にお金で雇われて、一緒に住んでいたようなんですが、そのうちにまた風俗に通うようになって、今度は、誰を指名するというわけではなく、ランダムに相手をしてもらっていたようです。そんな時に、老人に女が寄ってくるようになり、お金目当ての女が老人のまわりに増えたんです」
「そうだったんですね」それからどうなったんですか?」
「それでも、老人は風俗に通うことをやめなかった。むしろ積極的に通っていたようでした。その様子を見て、今まで群がっていた女が彼の元から去っていったというわけです。さっきの話は、端折ってしまったんですが、その前にはこういう経緯があったんですよ」
 というマスターの話だった。
「じゃあ、杉下老人のところにいる綾乃という女性は、杉下老人から金で雇われた元風俗嬢ということになるんですか?」
「そういうことです。彼女は杉下老人の介護をしながら、愛人のような生活をしている。それは彼女が望んだことであって、ここが不思議なところなんだけど、杉下老人は性格的には、自分の考えと少しでも違っていれば、決してお金を使おうとは思わないはずなんだ。人のためにお金を使うなど、愚の骨頂だとまで話していたんですよ」
「なるほど、表から見ているとさぞや頑固そうな老人だと思っていましたけど、その通りだったんですね」
「ええ、その通りです。あの人ほど頑固な人はいないでしょうね。あの人はこんなことも言っていましたよ。『私のように頑固な人は、そうはいないと思う。だから私のことを理解してくれたり、他人事ではなく見てくれる人は、本当に頑固な人なんだって思います』ってね。だから、私も須藤さんも頑固なんじゃないかって思いますよ」
「僕が頑固なのは認めます。その証拠に引き篭もりになってしまって、孤独を寂しいとは思わなくなり、杉下老人のことが気になって、ずっと杉下老人が庭に佇んでいるのを毎日のように観察しているんですからね」
 誰にも言ったことのない秘密にしておかなければいけない話をしてしまった。マスターはその話を聞いてどう感じるのだろうか?
「須藤さんの話もよく分かります。きっと私も須藤さんの立場なら同じことをしたような気がしますね」
「それはそれだけ杉下老人に思い入れがあるということですか?」
 と武明が聞くと、
「それもありますが、私には須藤さんも興味があるんですよ。引き篭もりの人が、どうして杉下老人に興味を持ったのか。なるべく他人とは接点を持ちたくないというのが引き篭もりの人ですよね。いくら妄想とはいえ、相手は生身の人間なんですからね。そこが興味を持った一番の理由ですね」
「僕に興味を持ったんですね? 僕は自分でも引き篭もりだと思っていますが、他の人と違うように思えるんです。元々、他の人と同じでは嫌だという感覚が非常に強かったので、一口に引き篭もりと言われるのは、自分としては複雑な思いだったんですよ」
 と武明が言うと、
「私も常々、他の人と同じでは嫌だと思っているんですよ。だから、人とつるんでいる人を見るのは嫌だし、自分がつるむこともないんです。中学高校の時など、いくつかの集団があって、その中心にいるやつも嫌いだったけど、一番嫌だったのは、そのすぐ横にいるやつが嫌だったですね。どうせつるむのなら、中心にいればいいのに、どうしてナンバーツーに甘んじているのかって、見ていてイライラしました」
 とマスターは言った。
「マスターのその考えは、僕には正直理解できないですね。というよりも、今までにそんなことを考えたこともなかったです。私は常に、一番端にいる連中にしか目が行きませんでしたからね」
「それはやはりその人の願望が含まれているのかも知れないですね。実際に今私は、ナンバーツーが一番ではないかと思っているんですよ。決して表には出てこないけど、その実際を操っているのはナンバーツーなんだって思うと、それが元々の自分の願望だったんじゃないかって思うんですよ」
「ということは、僕は端にいる人が願望だったということかな?」
 と自分に言い聞かせてみたが、マスターに言われると、まんざらでもないような気がした。
 学生時代にも、ほんの少しだけ、願望ではないかと思ったことがあったが、自分で考えるだけでは、すぐに打ち消してしまうのが関の山だった。その時に、考える暇もなかったのだ。
 マスターのいう
「ナンバーツー」
 という発想が、武明に別の考えを抱かせた。
 それは、そう欝状態になっていた自分を思い出したのであって、そう欝状態というのが、人間の表裏を表すものだという発想があったからだ。
 ただ、ここでいうナンバーツーが裏だと本当に言えるだろうか?
 ひょっとすると、ナンバーツーが表なのかも知れない。
 今ここでこうやって考えている自分は、いつも表にいるようで、その実、表を見ているのだから、実際には裏なのかも知れないではないか。
 自分のことを他人事として見てはいけないという考えは、裏から見る表の自分を表しているということに、気づくはずもなかった。
作品名:柿の木の秘密 作家名:森本晃次