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柿の木の秘密

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「それはそうでしょうね。何といっても、相手は年齢を重ねている。いろいろな人と接触もしているでしょうし、ニュースなどで、いろいろな事件も知っていますからね。でも、テレビでニュースになる犯罪や、話題になることが確信犯に結びついているというのはあまりないような気がしているんですよ」
「そうですね。確信犯というと、もっと身近なものだったりするんでしょうからね。なんといっても、こちらの考えを相手が見破ったとして、それでもやめたりしないものが確信犯でしょうからね。むしろ、相手に看破される方がやりやすい確信犯というのもあるような気がしますよ」
 武明がそういうと、
「ダメもとで相手を惑わすというやり方は、最近実際の犯罪でも増えてきているようですよ。宗教に絡んでいるものも、その一つではないかと思ったりします」
 いわゆる、
「霊感商法」
 と呼ばれるものもそうではないだろうか。
「あなたのご先祖様に、犯罪者がいて、今のうちに禊を行っておかないと、あなたはこのままでは不幸になります」
 などと言われて、びっくりしているところへ、
「この霊験あらたかな坪をご所望されると、あなたの未来は明るいものになります。毎日この坪にお祈りすればいいのです」
 であったり、
「あなたが持っている三文判では、自分への禊にはなりません。まずは自分を目立たせることで、先祖の呪縛から解放させなければいけません。新しい印鑑をおつくりになって、その印鑑に霊感を授けることで、あなたの未来は約束されます」
 などと言った言葉巧みな勧誘で、高価なものを売りつけるやり方である。
 不安に精神を蝕まれ、何を信じていいのか分からず、藁をも掴む気持ちで占ってもらえば、こんな占いに出くわすこともある。それがいわゆる霊感商法というもので、通常の精神状態であれば、こんな胡散臭い話に乗るはずもない。
「人の弱みに付け込む」
 とは、まさにこのことであろう。
 ただ、ひょっとすると、元は本当に霊験あらたかなもので、霊感商法でも何でもなかったのかも知れないが、それを誰かが悪用することで商売になってしまうと、本当の霊験あらたかがかすれてしまい、見えなくなってしまう。霊感商法がどれほどのものか規模や奥行きは分からないが、少なくとも表に出ていることに対して肯定的な人は誰もいないだろう。
 杉下老人が嫌いな確信犯というものの中には、この霊感商法なるものも含まれているように思えてならなかった。
――ひょっとすると、過去に騙されかかったことがあったのかも知れないな――
 とも感じた。
 本人は、真面目に考えていたものを、まわりが必死に止めることで、そのうちに我に返った杉下老人が、あわや騙されるところだったことに気づいたことで、確信犯に対する恨みや嫌悪感が本物になったのだとすると、人間不信になったとしても、不思議ではないように感じられた。
 人間不信や確信犯への嫌悪が、そのまま孤独な毎日にどのような影響を及ぼしているのか、すぐには分からなかった。
 確信犯というのを、言葉にして改めて聞いてみて、杉下老人がその確信犯に嫌悪を感じているということを聞くと、
――杉下老人は、自分に近いものがある――
 と、感じさせられた武明だった。
 そんなことを考えていると次第に、
――杉下老人が考えていることが、そのうちに分かってくるようになるのではないか――
 と感じるようになってきた。
 なるほど、そう思ってくると、隣の庭を毎日のように覗いていてもどんどん気になることが増えてくる理由も分かった気がした。しかも、考え方が似ているだけに、飽和状態になることもあるのは分かっていたので、飽きが来たかのように感じたのも分かる気がしてきた。
 だが、その飽和状態が本物なのかどうか、自分でも分からない。虚空への感情がどこか自分の中に壁を作ってしまっているのではないかと感じたからだ。
「ところで、杉下老人は、何か具体的に嫌いに思っている確信犯というものを感じているんでしょうかね?」
 と、武明は聞いてみた。
「ハッキリと口に出すことはないけど、前から杉下老人に近寄ってくる女性がひっきりなしで、明らかにお金目当てだと露骨に分かる人もいると聞いたことがあるんだけど、それがどこまで本当なのか分からない。実際に杉下老人がそんなにお金を持っているというわけでもなさそうなんだけどね」
「じゃあ、杉下老人の考えすぎ?」
「そうかも知れないな。自意識過剰が強すぎるのかも知れないと自分では言っていたんだけど、そこまで目立ちたがりだという意識もない。子供の頃は、自分から目立とうとしなければ、目立つことのない少年だったので、何とか目立とうとしていたらしいんだ。その気持ちは私にもよく分かったので、その思いをよく聞いてみると、私も感じていたように、その思いには限界があって、結局は最後には孤独を感じることになるんだって言っていましたよ」
 と、しみじみ、マスターは話してくれた。
「風俗通いというのは?」
 と武飽きが思い立ったように口にすると、マスターはその言葉を待っていたかのように、
「そう、人間不信が招いた副作用のようなものかも知れないね。お金を払って女を買いに行くと思われるかも知れないけど、杉下老人は、お金を払って時間を買いに行くんだよ」
「時間を買いに、わざわざお金を払って?」
「そうだよ。お金を使うことをもったいないと思うのであれば、欲望だけのためにお金を使っているとしか思わないだろうね。でも、いったん人間不信に陥ると、お金なんか、どうでもよくなってくるんだよ。どうでもいいというのは御幣があるかも知れないが、他の人と同じ感覚でお金を使うことへの嫌悪感というべきか」
「人間不信になるのと、孤独を感じるのって、どっちが先なんだろう?」
 武明は孤独も人間不信もどちらも感じているのだが、最初から一緒に感じたわけではない。人間不信の時に孤独を感じたりすることはなく、孤独の時に人間不信を感じることもなかった。なぜ今両方を感じているのか自分でも分からないが、人を嫌いになるという共通の思いなのに、その派生型としての人間不信と、孤独というものが、同じ次元では存在できないもののように思えていたのだった。
 それなのに今は両方を感じる。
 元々人間不信と孤独というのは別のものだと思っていた。
 人間不信というのは、人から騙されたり、信じてはいけない人を信じてしまったことで、自己嫌悪に陥った時に感じるものだと思っていた。
 しかし、孤独というのは、まわりはどうでもよく、自分がまわりに対して心を開こうとしないことから陥るもので、感情とは違うところにあるものだった。
――僕はどっちが多かったんだろう?
 今までに人間不信と、孤独感との間でループしたことがあったような気がする。どちらも陥る前に前兆のようなものがあって、どちらの前兆が気持ち悪かったのかというと、人間不信の方だった。
 武明は、孤独を感じることにあまり違和感はなかったが、人間不信を感じる時というのは、
――何をやっていても、面白くない感情だ――
 と思っていた。
 それは、あるで躁鬱状態のようではないか。
作品名:柿の木の秘密 作家名:森本晃次