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柿の木の秘密

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「どうしてですか?」
「杉下さんはああ見えても博学で、特に雑学関係には結構暗しいらしく、女の子との話題には事欠かなかったです。そういう意味では、スナックの時間帯よりも、杉下さんと女の子の会話の方が盛り上がっていたりしたくらいですからね」
「杉下さんは、会話術にも長けていたんですね」
「ええ、見た目無口に見えますが、ひとたび口を開くと、話題は次から次ですよ。孤独を知っている人は、会話を欠かさないという意識があるんでしょうね」
 今の話で二つのことが分かった。
――杉下という老人は、孤独を知っているだけに、人に気を遣って、会話を欠かさないように心がけるような人だということ。そして、話題に事欠かないようになるには、それだけ自分の好きなことに集中できるということではないだろうか――
 後者は完全に想像だが、雑学が得意だということは、人との会話で相手に気を遣わせないようにするためではあるが、好きだと思っていないと、なかなか覚えているのも難しいことだ。一度興味を持つと、その奥深さに魅了されてしまうということであろうか。
 孤独を抱えている人は、少なからず誰かに対して妬みであったり、時として恨みを持っているものだと思っていたが、杉下老人も例外ではないと思っている。それなのに、人に気を遣う面も持っているということは、二重人格性を持っているということだろうか?
 そう考えると、孤独を抱えている人の多くは、二重人格性を持っているのではないかという考えに至ったが、飛躍しすぎであろうか。
 武明は自分を顧みてみた。
――俺は、人に妬みのようなものは感じないが、恨みに近いものを感じているように思う。しかし、人に気を遣っているという意識は一切ない。だが、二重人格性は自覚しているので、もう一つの自分の正体が今もって分かっていないことにもどかしさを感じている――
 と思っていた。
 しかし、自分の好きになったことには必死になって一生懸命になったという記憶はある。ただ最近は、一生懸命になれるものが見つかっていない。だから引き込んでいるのだろうが、だからといって、一生懸命になれるものがないことで焦っている感覚もなかった。
――不安が漠然としているので、それが一生懸命になれるものがないことへの焦りの代わりなのかも知れない――
 と考えたこともあったが、すぐにその思いは忘却の彼方に消えていった。
 不安というものは、漠然としているせいか、すぐに慣れてきた。しかし、慣れてくることで、永遠に忘れ去ることはできないものであった。
 不安に対して、その原因について考えたことはすぐに忘れてしまうのに、不安を感じたという感覚そのものは、決して消えることはないのだ。
 武明は絶えず自分のことばかり考えていた。それは自分中心に考えているということであり、まわりを意識していないわけではない。そのことを分かっていなかったということが、自分の中に孤独を残してしまった原因だと、最近になって分かってきたのだ。
 自分のことを考えるということは決して悪いことではない。
 子供の頃から、
「自分のことだけではなく、まわりのこともちゃんと考えなさい」
 と言われて育ってきたことから、自分のことを考えることに対して、ついつい、
「悪いことなんだ」
 と考えるようになってしまったようだ。
 しかし、
「何事も自分が満足できないことを、他人が満足できるはずはない」
 という考えを持っていたはずなのに、どうしても、子供の頃に言われた思いが頭をもたげ、
「自分のことばかり考えていると、結局は孤立してしまうのだ」
 ということを、途中のプロセスを考えずに決めつけてしまったことが、自分蔑視の考え方に結びついてしまい、人から何かを言われるたびに、自虐的な考えが生まれてくることで、次第に孤立してしまうのだと思うようになっていた。
「杉下さんは、確信犯的なことは嫌いな人だったな」
 と、マスターは話した。
 ここでいう確信犯というのはどういうことなのか? 少し考えてみる必要があるような気がした。

                 確信犯

 少し考えてみたが、にわかには分かることではなかった。仕方がないので、マスターにご教授いただくしかなかった。
「確信犯とはどういう意味なんですか?」
 と聞いてみると、
「私は話をし始めると前提が長くなったりするけど、それでもよければ話してあげよう」
 という前置きを条件として提示された。
 何も分からないよりも、話を聞いているうちに、こちらもいろいろな発想ができるという意味で、そこに問題はないような気がした。
「はい、構いません。お願いします」
 というと、
「それでは」
 と言って、自分で淹れたコーヒーを口にした。
 確信犯というのは、相手が自分の考えていることが分かっていて、それでもやってみようと思うことだったり、当たり前に皆がやっていることを下手な理屈をつけてみたりして、最後には、『ダメもとで』という意識を込めている場合が考えられますね」
「どういうことですか?」
「何か怪しげな態度を取ることで、相手が何か疑っている様子を見ながら、それでも相手に勧めることで、余計な発想を持たせ、ひょっとすると、自分が考えすぎているのではないかと頭を混乱させるやり方ですね。相手が何も知らないのをいいことに、難しい話をして有無も言わせずに従わせるやり方も確信犯のようなものですが、それ以上に、相手が知っていると思うことでも相手の頭を混乱させることで、ダメで元々という思いの中でやっている考えですね」
「そういうのって、大きな犯罪ではないですよね。いわゆる少々のことなら、笑って許されることですよね」
「ええ、その通りです。だから、まわりは少々のことでは何も言わないだろうという考えがあるから、何か不都合な状況に陥っても、『そんなつもりはなかった』と言って逃げることができるじゃないですか。そういう最初から逃げ場を作っているようなやり方は、彼のポリシーに反しているんでしょうね」
 マスターの話を聞いていると、武明にも同じようなところがある気がした。
 それは確信犯に対してではなく、杉下老人に対してだった。
 自分の中にも、確信犯を許せないところがある。その部分を自分では、
――潔癖症なところ――
 だと思っている。
「それが確信犯ということですか?」
 と聞くと、
「私が人から『確信犯というのは、どういう人のことですか?』と聞かれた時に答えるであろうと思っている話をしただけですよ。確信犯と聞いてまた違うイメージを持っている人もいると思いますが、杉下老人が嫌いな確信犯は、こんな人たちではないかと私は思っています」
 とマスターは答えてくれた。
「杉下老人の考える確信犯というのはどういうものなんでしょうね? 僕たち若い人から見る確信犯と、年齢を重ねた人が見る確信犯とでは違いがあっても仕方がないと思うんですよ」
作品名:柿の木の秘密 作家名:森本晃次